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【バックパッカーに夜這いに自由恋愛に!無茶苦茶すぎる150年前の日本!】『忘れられた日本人』を読んだ話

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ぼっちシンガー
ぼっちシンガー

なんがでっきょんな。ぼっちシンガーです。
香川県発、路上ライブで世界一周の旅や東京生活を終え、地元香川にUターン!
旅や音楽、香港人妻氏との日常について語るブログだよ!

最近、宮本常一著『忘れられた日本人』という本を読んだ。

80年近く前に書かれた本だし、タイトルだけ見ると、いかにも難しそうな本である。

忘れられた日本人…

なんというか、歴史の教科書に載らなかった偉人たちの話とか、滅びゆく伝統文化について偉い学者が難しい顔で語る本のようにも見える。

しかし実際に読んでみると、そんな高尚でお行儀のよい本ではまったくなかった!

いや、もちろん民俗学的には非常に価値のある本なのであろう。だが、おれが読んで最初に思ったのは、

「昔の日本人、思っていたよりめちゃくちゃ自由やな…!!」

ということであった。

この本では、民族学者?学校の先生?である宮本常一さんが、終戦間もない1950年ごろに日本各地の僻地の農村に赴いて、その土地で暮らす爺ちゃん婆ちゃんに

「ばあちゃんの子供の頃の日本ってどんなやったん?」

などと話を聞いて回ったその話の内容を、ただただ書き残しただけの内容となっている。

終戦直後の1950年ごろに、当時80歳くらいの老人に話を聞くわけだから、実質150年前の日本人の、ありのままの姿を知れるってわけである。

そんなこの著書の背景から、勝手に、「昔は貧しくて大変で~」とか「村の厳しいしきたりが~」とか、そういう暗い話になるのかと予想していたんだが。

実際、そのじいじばぁばの話から伺える当時の日本社会が、斜め上ぶっ飛びまくってて、ビビる。

夜中に山を越えて別の村の女の子とヤリに行く男。

村を飛び出して各地を放浪するバックパッカーみたいな女の子。

妻を故郷に置いたまま、旅先で別の女と結婚して婿入りする男。

150年前の日本にも、旅人がおり、ヤリモク男がおり、普通にクズ男も存在していたみたいなのである…!!

歴史の向こう側にいたのは、我々とは別の種類の人間ではなかった。

現代人とほとんど変わらない、欲にまみれ、寂しがりで、面白いことが好きで、時には信じられないほど無責任な人間たち…!!

そして、それをなんとなく許容してしまう当時の日本の自由さ、よく言えば懐の深さみたいなものを感じて、めちゃくちゃ新鮮だったのだ。

今も昔も、若者は旅をする。

なんとなく、昔の農村って、生涯ほとんど村から出ず一生を終えるような、封建的な社会だと思っていた。

生まれた村で働き、親の決めた相手と結婚し、村の掟に従い、田畑を耕し、そのまま死んでいく。

働き手である若者が家を離れて旅をするなんて、「裏切り者!」とでも言われて、一家もろとも村八分にされるような世界なのではないか…??

なんとなくおれは大昔の農村部に対してそんな閉塞的なコミュニティのイメージを持っていた。

女の子だけで旅をするなんてなおさら、ありえない禁忌だったのではないかと。

そんな堅苦しく暗い不自由な世界を想像していたんだが。

しかしこの本を読み進めていくと、約150年前の農村部は思いのほか自由で開かれた社会であったのが見えてくる。

本の中には、昔女友達数人で四国を歩いて旅したおばあちゃんの証言があって、

「道中で別の土地から来た女性遍路たちと出会い、しばらく道連れになることもあった」というような話も出てくる。

女の組はわしらばかりでなく、ずいぶんよけいまいておりました。まいているのは豊後の国の者が多うて、わしら道々何ぼ組も豊後の女衆にあいました。つい道連になって、あんたはどちらでありますかってきいてみると、「豊後の姫島であります」とか豊後のどこそこでありますと言うて、お互に名乗りおうて、それからは二、三日いっしょにあるく。そのうちに何かの都合ではなれて、ほかの組といっしょになるというように。わしら金も持っておらんので、阿波の国と土佐の国の境まであるいて、また戻って来ました。金をもっておらんので船へ乗ることはできませだった。歩く分には宿には困る事はありませだった。どこにも気安うにとめてくれる善根宿があって、それに春であったから方々からお接待が出て、食うものも十分にありました。お接待というのは親兄弟が死んだようなとき、供養のために、遍路に食うものを持って来て施しをしよりました。

※宮本常一『忘れられた日本人』より引用

これ、完全に今でいうバックパッカー旅ではないだろうか。

ゲストハウスで知り合った旅行者と数日間一緒に旅をし、目的地や都合が変われば別れ、次の町でまた別の人間と行動する。

おれもかつて世界一周の旅をしていたので、この感覚は実によく分かる。

スペインの文化遺産に、約800kmの巡礼路「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」というものがあって、放浪の旅を続けるバックパッカーに人気なんだけれど。

昔の四国遍路も、当時の若者たちにとってはサンティアゴ・デ・コンポステーラのような「一生に一度の青春の思い出づくり」の代名詞だったのかもしれない。

途方もない距離を、出身も言葉も違う若者たちが、ただ目的地が同じというだけで一緒に歩く。

泊まる場所がなければ善根宿や、旅の途中で仲良くなった土地の農家に泊めてもらう。

食べ物は、遍路に対する接待によって得る。

まさに現代の若者が世界を旅する中で経験するような強烈な青春を、150年ほど前の若者たちも同じように追い求めていたというわけである。

そして何より意外だったのは、そうした好奇心にあふれた若者が、村の外へ出ていくことのできる文化が、当時すでに存在していたことだ。

むしろ、若者が外の土地へ出て新しい価値観や知識を身につけ、それを村へ持ち帰ることは村にいい影響を与えるとして、ある程度歓迎されていたようなのである。

若者たちにとっても、旅先の文化や方言を身につけて故郷へ持ち帰ること自体が、ひとつの誇りだったとも書かれている。

印象に残っているのは、村を出て伊予(愛媛県)で短期の仕事をして帰ってきた娘が、旅先で覚えてきた伊予の言葉を得意げに披露する話。

しかし、その娘はほんの少ししか伊予弁を覚えていなかったため、最初だけ気取って伊予弁で話すものの、途中からいつもの村言葉に戻ってしまう、そんな様子を茶化した話であった。

今でいうなら、ワーホリでオーストラリアやカナダから帰ってきて、

「ハーイ!ワッツアップ!?…あ、つい英語出ちゃった!ウップス!」


などと、実際は現地のジャパニーズレストランで日本人の同僚たちに囲まれて働いてたからローカルの友達なんて一人もいないにもかかわらず、

覚えたばかりの英語を必死で友人たちに披露する、あの日のおれみたいな異文化かぶれ厨が、150年前にもいたってわけである。ぎやぁぁぁx!!!!!死にてぇぇぇ!!!

とにかく、若者のやることなんて今も昔も一緒やなって、めちゃくちゃ親近感湧いてくるのだ…!!

閉ざされた村社会の中で一生を終える人々。

そんな俺氏の中にあった昔の農村のイメージは、この本を読み進めるほど、少しずつ崩れていったのである。


夜這いにスリルを求める若者たち。

男女の関係についても、大きな衝撃を受けた。

昔の日本は、今よりずっと性に厳しい社会だと、おれははなんとなくそう思っていた。

結婚相手は親や家同士が決める。

女性には貞操が求められ、恋愛や性について自由に振る舞うことなど許されない。

男尊女卑の強い社会の中で、女性は家に従い、夫に従って生きていた。

そんなイメージである。

ところが、この本を読んでいると、そのイメージが何度もひっくり返される。

まず、当時の結婚は思っていたほど「家がすべて」ではない。

本文中には、

「本人同士が心安うなるのが多くて、親は大ていあとから承諾したものであります」

※宮本常一『忘れられた日本人』より引用

とある。

さらに、

「親におしつけられた嫁というものが七十年まえにありましたろうか。この村にはありません」

※宮本常一『忘れられた日本人』より引用

とも語られている。

もちろん、これは特定の農村地域に生きた人の証言で、日本全国、どこでも同じだったという話ではない。

それでも少なくとも、

「昔の若者は親が決めた相手としか結婚できなかった」

というおれの中にあった昔の日本の固定概念像では説明できない社会が、確かに存在していたののも事実のようである。

むしろ、近年になって交通の便が良くなって遠い村との結婚が増えたり、家柄や財産を気にするようになってから、本人同士の関係より家同士の都合が強くなったという話さえ出てくる。

なるほど、近代化すればするほど人間が自由になったとは限らないようだ。

しかも、性についてはさらに自由である。

この本には「夜這い」の話が何度も登場する。

一人の話だけじゃなく、どの地域の老人の話からも、若い男女の話になるとまず夜這いの話が出てくるので、

本当に150年前の農村部ではごくごく普通の文化だったんろうなぁと思う。

はァ、女と仲ようなるのは何でもない事で、通りあわせて娘に声をかけて、冗談の二つ三つも言うて、相手がうけ答えをすれば気のある証拠で、夜になれば押かけていけばよい。こばむもんではありません。親のやかましい家ならこっそりはいればよい。親は大てい納戸へねています。若い者は台所かデイへねている。仕事はしやすいわけであります。音のせんように戸をあけるにはしきいへ小便すればよい。そうすればきしむことはありません。それから角帯をまいて、はしをおさえてごろごろっところがすと、すーっと向うへころがってひろがります。その上をそうっと歩けば板の間もあんまり音をたてません。闇の中で娘と男を見わけるのは何でもない事で、男は坊主頭だが女はびんつけをつけて髪をゆうている。匂をかげば女はすぐわかります。布団の中へはいりさえすれば、今とちごうて、ずろおすなどというものをしておるわけではなし。

※宮本常一『忘れられた日本人』より引用

夜這いとは、男が深夜に好きな女の子の家に忍び込んでは、こっそり◎▲■すること。

厳しい家なら親御さんにバレないように引き戸におしっこして音が立たないようにして部屋に入る、みたいな生々しい話も出てくる。いや、まじ頭イカれてるやろ!

女の子側からしたら突然知らん男が部屋に入って来て襲ってくるなんて、恐怖以外の何物でもない気がするが、話を読む限り女性側も無抵抗に嫌々襲われていたわけではないようなのだ。

当人間では隠喩的な会話から「今夜どう?」みたいに打ち合わせ(?)がされた上で実施されるので、女の子側も「今夜来る!」と事前に把握はしていたみたいなのだ。

そして決定権は女性にあったそうで、気に食わない男であればもちろん拒否することも出来るそうだ。

一種の「夜這いの作法」のような、現代人には理解しがたい暗黙のルールの上で成り立っていた文化だったのだろう。

女性側からしても、「いい男に夜這いされたらステータス」、みたいな風潮もあったのかもしれない。

『忘れられた日本人』が書かれた1950年代には、こうした夜這いの風習はすでに廃れていたというが、

その文化を実際に経験した老人たちが、「若いころはこうだった」と当たり前の昔話のように語っているのが、実に生々しく、その風習がたしかにこの日本に存在したことを伝えている。

意外に男女平等だった?大昔の日本の農村部

男女の恋愛事情だけでなく、日々の暮らしにおける女性の立場についても、この本を読んでいると少し見方が変わってくる。

昔の日本といえば、圧倒的な男尊女卑の社会だったのだと思っていた。

男が家の中心にいて、女はその後ろを三歩下がって歩くような世界であると。

もちろん、実際に女性が強く抑圧されていた地域や時代もあったのだろう。

『忘れられた日本人』の中にも、月経中の女性が「ヒマゴヤ」と呼ばれる別の小屋で生活し、食事まで別にしなければならなかったという話が出てくる。

仏様へお茶を供えることや、神聖な場所へ入ることを禁じられる地域もあったという。

現代の感覚からすれば、かなり理不尽な風習である。

だから、この本を読んで、「実は昔の日本は完全な男女平等社会だった!」などという話をするつもりはない。

ただ一方で、実際の農村の日常の話を見ていくと、おれが想像していた「男が圧倒的に強く、女はひたすら従う」という構図だけでも説明できない当時の社会が見えてくる。

その象徴みたいで面白かったのが、田植えの話である。

男だけが外で働いて金を稼ぎ、女は家の中で家事をするという近代的な役割分担ではなく、

農村では男も女も関係なく田んぼへ出て働くわけである。

そんな、男と同じく働く女性が多い農村部では、女性たちが強い傾向があるようだった。

本文には、苗を運ぶ男の仕事が遅れると、「早乙女たちが男を罵り、田んぼに突き落とした」という恐ろしい話が出てくる(笑)

苗を持って来るのが途切でもしようものなら、早乙女がみんなで「この甲斐なし奴が」とどなりつける。それで苗取りもうかうかしておれんけに、負けそうになると、隣近所の田で働いている男をよんで来て助けてもらったりしたもんよ」 「男に追われるようなことはなかったの?」「あろうかい、田植のときは女の方がえろうてのう、男を追うのが面白かった。男が甲斐性なしで苗とりがはかどらずに、あんまり人手をかりると、今度は早乙女がドベ(泥)を持ってのう、手伝いの男にぶちかけて、しまいには田の中へ突込んだりしたもんで」

※宮本常一『忘れられた日本人』より引用

三歩下がってついてくるどころか、仕事のできない男は田んぼに沈められる世界線…

現代人がぼんやり想像する「昔の従順な女性像」とは、だいぶ違う世界がそこにはあるようだ。

もちろん、この一つのエピソードだけをもって「昔の農村では女性の方が偉かった」と言うこともできないんだけれど、

ただ、こうした証言を読んでいると、当時の男女関係というものは、現代から想像するよりずっと複雑だったのではないかと思えてくる。

そもそも農村では、男も女も働かなければ生活が成り立たない。

家族や村という生活共同体の中で、女性もまた重要な労働力であり、生活を支える当事者なのである。

自由恋愛と同じく、昭和的な男尊女卑の構図というのは男は会社で働き金を稼ぐという資本主義経済の過程で現れた文化であり、

もしかしたら元来の農村部の日本には、そこまでの本質的な男女格差は、なかったのかもしれない。

まとめ

おれはこの本を読むまで、昔の日本の社会をどこか一枚の古い白黒写真のように見ていた気がするのだ。

男が偉く、女は弱い‥
親が結婚相手を決める‥
村の掟には逆らえない‥
みんな同じような人生を送る‥

しかし、その写真の中へ入って一人一人の話を聞いてみると、全然違った。

男を田んぼへ突き落とす婆さんがいる。好きな男を自分で選ぶ娘もいる。女だけで集まって、男には聞かせられんような下ネタで笑う婆さんたちもいる。若いころ村を飛び出し、何百キロも旅をした人もいる。

おれが「昔の日本人」という一言で勝手にまとめていた人たちにも、それぞれの性格があり、それぞれの青春があり、それぞれに長い長い人生があったのである。

そんな個性あふれる人々の話に、自分の中での「昔はこうだった」という固定概念をぶっ壊されていく瞬間が気持ちいい。

この本のおもしろさ、醍醐味はそんなところにあると、個人的に感じたのだ。

読み終えたあと、おれはふと思った。

まだ生きている90歳のばあちゃんから、もっと昔の話を聞いておこう、と。

どんな子供だったのか?どんなことが好きだったのか?何に感動して生きて来たのか?

おれの知らない90年分のドラマが、そこにはあるはずで、

それを聞かなければ、文字に残さなければ、いつかそのまま消えてしまう。

宮本常一が名もなき婆さんや爺さんの話を聞いて文字に残してくれたから、何十年も後に生まれたおれが、それを読んで当時の人々のドラマを知ることが出来る。

文字に残すというのは、その人が生きた時間を、未来へ渡すことなのかもしれない。

そう考えると、俺氏がこうしてブログを書いていることにも、ほんの少し意味があるような気がしてきた。

旅したことも、ラブコメアニメの感想も、サッカーを見に行ったことも、その日に考えたしょうもないことも、今はただの駄文である。

しかし50年後、100年後、このブログが奇跡的にインターネットの墓場のどこかに残っていて、未来の誰かが偶然発掘するかもしれない。

そして、

「100年前にも、こんなしょうもないことで悩んどる奴がおったんやな」
「今と一緒やん。人間、全然変わらんな」


などと笑ってくれたら、それはなんだか嬉しいことである。

歴史というのは、偉い人が残した大事件だけでできているわけではない。

名もなき一人一人が生きた時間があって、それを誰かが語り、誰かが書き残し、またずっと未来の誰かが読む。

そうやって、人間の生きた時間は少しずつ次の時代へ渡されていくのだろう。

俺氏もその端っこの方で、今日もしょうもない駄文をインターネットに放流しておこうと思う。

100年後の誰かに、忘れられた日本人として発掘してもらうために…。




そんなところです。




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