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日本の外国人差別について考える【シェアハウスの友人が日本でヘイトを受けた話】

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ぼっちシンガー
ぼっちシンガー

こんにちわ、ぼっちシンガーです。
路上ライブで世界一周の旅を終え、現在な東京で音楽活動中!
今日は日本の中の差別問題について、考えていくよ!

さてさて、僕は今シェアハウスで住んでいる。

このシェアハウスでは日本人、外国人合わせて50人近くが暮らしている。

先日、晩御飯を作ろうとリビングに降りると、よく顔を合わせるオーストラリア人のシェアメイトが、どこか落ち込んだ表情で1人お酒を飲んでいた。

僕が声をかけると、「give me hug?」とため息がちに空元気のような笑顔で言うので、「どしたの?」と聞いてみた。

すると、彼は「実は…」と語り出した。

電車の中で日本人から受けたヘイト

その日、彼は電車に乗って職場に向っていたらしい。(彼は英語教師をしながら日本で暮らしている。)

席が空いたので座ると、突然隣に座っていたおじさんが立ち上がり、凄い剣幕で怒鳴り出した。

座った彼を指差し、大声で何かを叫ぶおじさん。

突然のことに唖然として、少し固まってしまったらしい彼。

彼は日本語はあまり喋れないので、おじさんが何を言っているのかは理解できなかった。

外国人が自分の隣に座ってきたのが気に食わないのか

またコロナウイルスのご時世なのに外国人がいる事に対する怒りなのか、原因は分からなかった。

しかし、しきりに「ガイジン!」という単語が叫ばれていたため、外国人だから、という理由でなんらかの差別的な声を向けられている、という事は理解したそうだ。

結局彼が立ち上がるまで罵倒の声を向けてこられ、悲しくなって別の車両に逃げるように移動したそう。

周りも、誰も助けてくれる人などいなかったという。

人種差別は教養の低さを露呈する行為。

今回彼がヘイトを受けたことに対して、友達としてかわいそうにと思う気持ちと一緒に、

日本人として恥ずかしい。

とも感じた。


僕は自分が体験したオーストラリアでの出来事を思い出した。

シドニーでギターを弾いて路上ライブをしていた時。

突然酔っ払ったおじさんがやってきて、僕のギターケースを蹴りあげて、

「アジア人は出て行け!」

というような事を言われた。

とても悲しい気持ちになったが、おじさんが去った後に、あたりにいた女の人が、

「大丈夫?」

と声をかけてくれた。

少し話してみると彼女は

「同じオーストラリア人として悲しく思うわ。私たちのほとんどはあなたの味方よ。」

と言ってくれた。

旅中何度かアジア人ヘイトを受ける事はあったが、いつでも周りには常識的な人がいた。


多人種国家を旅すると、人々の中に

“人種差別をするのは教養の無さを露呈する行為”

という観念がある事に気づく。

残酷な話ではあるが、実際ヘイトをしてくる人は浮浪者風の人が多かった。(もちろんホームレスでも良い人もたくさんいた。確率の話である。)

社会の中で一定数、十分な教育を受けられない人、狭い価値観しか持てない人達が出てしまうのは、仕方がない事なのかもしれない。

しかし、今回、彼の周りの一般人達も誰も彼を庇ったり、声をかけてあげたりしなかった事は寂しいことだ。

ここで声を上げられない事は、黙認してしまう事は、人種差別を容認してしまっていることにならないだろうか?

日本人の品格の低さを露呈してしまった気がして、悲しくなった。

周りの人達もいろいろな事情があって、仲裁に入ったり声をかけたりできなかったのかもしれないけれど。

ヘイトを目撃したら、どうすればいいのだろうか?

それでは、身の回りでこのような問題が起きた時、どう対応すればよかったのだろうか。

面と向かって、

「それは人種差別です。やめてください。」

と言えたなら一番いいが、相手も興奮している。

身の危険が及ぶような場面で相手を刺激するのは賢明ではないだろう。


以前読んだ(フランスのだったかな?)差別問題の対処法についての記事では、

ヘイトする人に対して声を上げるのではなく、被差別者に対して、

「大丈夫ですよ。気にしなくていいですよ。」

と笑顔で声をかける、という方法が推奨されていた。

見知らぬ人であったとしても、まるで友達のように、フレンドリーに、だ。

ヘイトをする人の言葉は無視し続ける事で、過度な刺激を与えず仲間がいる事を分からせる効果があるそうだ。


また、動画を撮るのも効果的だろう。

僕はドイツの田舎町を旅していた時に、地元の悪ガキ風な若者たちにアジア人差別的な言葉で絡まれた時があった。

その時、特に何も言い返さずにケータイを取り出し、動画を回すそぶりを見せると、彼らは慌てて去っていった。

もし相手がネットリテラシーのある若者なら、これが一番効果のある対応かもしれない。


しかし、ヘイトの現場に割って入る行為は、どんなに気を使っても危害を受ける可能性もある。

どうしても勇気が出ない時はじっと我慢し(可能なら現場を動画で隠し撮りし)、加害者が去った後に被害者に声をかけるだけでも構わないと思う。

「大丈夫でしたか。みんなあなたの味方です。どうか気にしないでください。」

その一言が周りの人から聞けるだけで、被差別者はずいぶんと心が軽くなる。

オーストラリアで僕がその一言にずいぶん救われたように。

日本人の無意識の中に存在する人種差別


海外で2年ほど過ごして日本に戻ってた時、日本人は【自分たちは人種差別とは関係のない国に住んでいる】、という考えを持つ人が多いことに気づいた。

それは、ほぼ単一民族の国であることで、文化や人種の違いを身近に感じずらい国柄が関係しているのだろうけれど。

はたして日本は人種差別とは無関係な国なのか?

いや、そうは思えない。閉鎖的な文化を持つ国だからこそ、人種差別が一般社会に溶け込んでいても気付かずにいるだけだ。


僕は帰国後、日本に浸透する無意識の中の人種差別を感じるシーンが多かった。

例えば、牛丼屋などで外国人従業員の日本語の拙さを笑う人達は、見ていて哀れになってくる。

彼らは、自身が英語を喋れないのは棚に上げて、第三言語で日本語を勉強する人達の勤勉さや能力の高さに気づいていないのだ。

シンガポールや香港など、アジアの先進国家では自国語でコミュニケーションが取れない場合は英語で対応するのが基本。

ここは日本だから日本語をしゃべって当たり前、という価値観はもう古いという事実を理解しなければならない。


帰国後、TVなどで違和感を感じることも多かった。

例えば、CMや街角の広告などのモデルに白人ばかりが起用されている事。

この白人への憧れ文化はなんなんだろう?と不思議に思った。

また、テレビで芸人の顔が「タイ人そっくり!」と言われて笑いが起きている事にも違和感を感じた。

もしその芸人の顔が「イギリス人そっくり!」だったら、同じように笑いは起きたのだろうか?

その感覚はどこかで、東南アジアの人々を見下してはないだろうか?


これらはとくに直接的な人種差別ではないし、神経質になりすぎるのもよくないとは思う。

しかし、日本人はどこか、人種差別というのは「白人警官が黒人を射殺するような」明らかな行為をイメージする人が多い気がする。

自分には関係のない世界の話だ、と。

でも、実は身近なところで、我々も人種で人を判断してしまっているのかもしれない。

実際に外国人と接する時に、国籍や人種に左右されないコミュニケーションを取るために、別視点から日本を見る力が必要だ。

まとめ

外国人差別主義者の意見をネットなどで見ると、彼らの存在が日本人に悪影響を与えている事を理由にあげる人が多い。

例えば、主に在日外国人の保障のために税金が使われているとか、仕事がなくなるとかだ。

それを理由に、日本人の権利を守るため、という大義名分で街頭でヘイト活動を行うグループもある。

しかし、もし百歩譲って外国人の存在が日本人を苦しめるのだとしても、それは外国人側の罪ではない。

変えるべきは自国の制度であり、社会に対する不満の矛先を個人に向けて訴えるような行為は、ただの八つ当たり。

野蛮なヘイト活動では何も生み出さないと僕は考える。

こんなこと言うと左翼思想とか言われそうだが、僕は日本人として誇りを持っているからこそ、日本人の品格を落とすような行為はするべきではないと思っているし、

日本が好きだからこそ、外国から来た人達にもそう思って帰ってもらいたいと思っている。

そうなるためにも、日本人はもっと国際的な基準の一般論を知る必要があるし、間違った出来事を見たときにNOと言える勇気が必要だ。

今回の件で、そのような事を考えた。

自戒の意味もこめて、記事にしておこうと思う。

そんなところです。


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