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【人生観】世界一周の旅をやって10年、行ってよかったと思える旅後の自分の変化3選を語りたい話

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ぼっちシンガー
ぼっちシンガー

なんがでっきょんな。ぼっちシンガーです。
路上ライブで世界一周や東京での音楽活動を終え、地元の香川にUターン移住。
なんでもないことどうでもいいことを鼻息荒く語る!

もう10年…だと…!!!??

おれはいま37歳なんだけれど、ふと思い出す。

路上ライブで世界一周の旅をしていたのがちょうど26、27歳の頃だったから、もうあの旅から10年たつのか…!!!

路上ライブで世界一周や東京での音楽活動を終え…などと得意げに語っているが、さすがにもう大昔のことになりつつあるっ!!!

くっ…時の流れは無常だぜ…!!

そんなで、過去の思い出を執拗に舐めまわしながらブログや音楽活動で鼻息荒く旅人を気取るのにも限界を感じてきた今日この頃、

しかしこの旅の前の自分と、旅の後のこの10年間では、決定的に変わった何かがある。

簡潔に言うと、人生観が変わった。生きていくのが少し楽になった。

そんな風に感じていてる。10年前、あの冒険に飛び出したことは、自分の人生にとって間違いじゃなかったと心の底から感じているんだ。

今回はそんな、旅をした経験から好転した自分の変化を3選、記事にしてみたいと思うっ!!

命奪われるわけじゃないし、って思うと怖いものがなくなった

こんなことをやって誰かに嫌われたらどうしよう。

失敗したらどうしよう。

旅をするまでのおれは、何かをやるときいつも起こりうるリスクを極端に気にしては、ビビり散らして生きていたように感じる。

しかし、世界の旅を続ける中でそんなビビり症はいつの間にか消えてなくなっていた。

ビビりな自分が現れそうになった時に唱える、魔法の言葉を手に入れた。

それは「まぁ殺されるわけじゃないし」である。

あれは南アフリカ共和国に入国した日のことである。

当時世界最恐都市と呼ばれていた、殺人発生率世界一位の称号を(?)持つ危険な街・ヨハネスブルクに到着し、

あれよあれよと入国二時間後に旅の資金が入った銀行のキャッシュカードを盗まれたときのことであった。

絶望の淵に立たされ、マジで心おられて即日本に帰りたかった。

半泣きになりながら、とりあえずその日予約していたホテルに向かうためのなけなしの手持ち金でタクシーに乗った。

そこで話した、タクシーの運転手のおっちゃんとの会話が、今でも心に深く染みついている。

おっちゃんはこれまで3人くらいヤッてそうなほどいかつい強面筋肉隆々な風貌で、この人も強盗犯なんちゃうか?と疑ったりしてしまったが(笑)、めちゃくちゃ優しい人だった。

青ざめた顔で落ち込むおれを見て、どした?と声をかけてくれる。

「旅の資金が全部入ったカードをたった今、盗難にあったんだ…」

今にも泣きだしそうな声でそう伝えると、ガハハと豪快に笑った。

「なんだそんなことか。気にするなブラザー!」

(なに笑ってんだぶっ●すぞこの野郎…!)と物理的に無理な悪態をつきながら一瞬ムッとしたが、続けておっちゃんは言う。

「おれの友達はこの間、家に強盗がはいってな。撃たれて殺されちまったんだ。本当にいいやつだったんだ。悲しいよ。」

「お前は今、まだ生きているじゃないか。金なんていくらでもこれから稼げるよ。命があるなら問題なしだ!」


と言って、陽気に「エブリスィング・イズ・ビーオーライ!」などとボブマーリーを歌い始める。

その瞬間、なんだか心がふっと軽くなったのを覚えている。

この凶悪都市で生きる彼らの、力強すぎる生命力と価値観に触れて、

たかが2~3年かけてためた貯金を失ったくらいで悲しみに暮れている自分自身のことが、すごくちっぽけに感じた。

そう、命を奪われるくらいのこと以外は、この人生においてほんの微々たる有象無象のようであった。

あの経験から、おれはなにか問題が起きそうになるとこう考えるようになった。

「まぁ、殺されるわけじゃないしいいか。」

無責任に生きろとかそういうことじゃなくて、リスクを極端に避けたがる自分を奮い立たせるためのおまじないのような感覚で、この言葉をいつも噛み締めるようになってから。

たいていのことはビビらずにやり過ごせるようになった気がするのだ。

自分らしく生きていいやって思えるようになった

一言でいうと、「恥ずかしい」って気持ちはこの世で一番無駄な感情だなぁ、なんて悟ることが出来た。

旅の前のおれは、自分に自信がなかったのもあって人と違うことを強迫観念のように恐れてた。

全く面白いと思えない芸人の話題でも、みんなが笑うなら笑ってた。

みんなが着てるような服を着て、みんながやってるような人生設計をして、

一人だけ目立つことがないように、一般的日本人男性を精いっぱい演じて来た。

しかし、アフリカの田舎町を歩いた時、その安全地帯はいとも容易く崩れ去っていった。

アフリカンだらけのなかで、ギターを背負ったアジア人はおれだけだった。

道を歩けば好奇の目で見られ、「チーノ!」と指を刺されてばかり。

そこで感じたのは、逃げようのない圧倒的異物感。

おれかおれ以外か?ってローランドの言葉を、悪い意味で嫌というほど体感する、そんな世界が待っていた。

しかし、そんな場所で路上ライブをして歌ってみたのだ。

道端のいかつい兄ちゃんも、からかってきてたムカつくクソガキも、みんな目を輝かせて音楽にノって踊ってくれた。

言葉も文化も肌の色も違うけれど、音楽を囲んで昔からの友人のように盛り上がる、そんな奇跡みたいな瞬間がうれしかった。

何もかもが周りとは違う、アジアンで旅人で音楽をやってる、そんなおれだからこそ出来ることだ、などと有頂天になる。

自意識過剰かもしれないけれど、そんな絶対的アイデンティティが心地よかった。

あの瞬間から、なんか悟った気がするのだ。

誰も興味がなくても、行きたい場所に行こう。

誰かに馬鹿にされようとも、歌いたい歌を歌おう。

変だねって笑われても、自分の好きなものを好きでいよう。

あの圧倒的異物感を心地よく感じたアフリカの旅は、そんな風に自分の価値観を改めてくれた。

日本では、みんな同じような顔で、同じような生活水準で、同じ言語をしゃべってる。

それ以上なにを迎合せねばならんというのか。もう充分である。

性格や思想、発言くらいは、自分らしくあってもいいはずだ。

恥ずかしさを拭い去ったその先で感じる、自分が自分であることの意味みたいなものを教えてくれた、

そんな旅の思い出だったんだ。

モノではなく経験にお金を使うようになった

旅に出てから、自分の中で大きく変わったことがある。

それは、お金の使い方だ。

今では、お金は形に残るモノよりも、思い出や経験に使いたいと思うようになった。

最初にフィリピン留学を経て、オーストラリアへワーキングホリデーに行った頃の俺は、とにかく荷物が多かった。

巨大なスーツケースには10日分の着替え、日用品、日本から持ってきた食料、カメラ、パソコン、日記帳…

「これも必要」「あれも必要」

心配性だった俺は、そんな固定観念に縛られていた。

でも旅を続けるうちに気づく。

生きていくのに必要なモノなんて、驚くほど少ないということに。

オーストラリアを離れる頃には、大きなスーツケースは日本へ送り返した。

インドやアフリカでは、着なくなった服を子どもたちに譲った。

ドイツではバックパックを盗まれたこともある。

それでも、不思議なくらい旅は続いていくのである。

「モノなんてなくてもなんとかなる。」

そう実感する日々が続き、いつしかモノを持たない不安は消えて、身軽でいることのすがすがしさに変わっていった。

コロンビアから日本へ帰国する頃には、荷物は小さなナップサックとギターだけ。

近所のスタジオへ練習に行くような身軽さだった。

でも、生きていくにはそれで十分だったのだ。

アフリカで埃まみれになりながら揺られたローカルバス、

見知らぬ人の車に乗せてもらったヨーロッパのヒッチハイク、

息を切らしながら登ったマチュピチュ。

むしろ、そんな身軽さだからこそ体験できたたくさんの思い出が残ってた。

それはおれにとって、車よりも、高級時計よりも、ブランド品よりも、ずっと価値があるもののように感じた。

だから今でも、できるだけモノを増やさない生活を意識している。

もちろん、お金を使わないという意味ではない。むしろ逆だ。

モノに使うお金を減らして、その分を友達と飲んだり、ちょっとした連休で海外に行ったり、新しい挑戦に使う。

いつでも身軽に飛び出せる状態でいたい。

そのほうが、人生を面白くしてくれると思うのだ。

これが一般論で正しい生き方なのかは分からないが、少なくとも、自分にとっては幸福度を上げてくれる生き方のように感じている。

そんなお金の使い方や、ミニマリズムな生き方に出会えたことも、旅をして良かった理由のひとつである。

まとめ

結論、若者は旅をせよ!と声高に叫びたい。

世界には日本人の価値観では到底計り知れない混沌と機能不全と私利私欲と社会格差にまみれた場所で、

しかしそこには彼らなりの「普通の生活」「普通の価値観」があるのだ。

その到底理解の及ばない世界に触れて、自分の中での当たり前が木っ端みじんに砕け散るとき、

底知れぬすがすがしさを感じるものである。


旅をしたって、君の能力やステータスは何も変わらない。

英語だってたいして出来るようにはならなかったし、その国際経験を活かして外資系エリートになれるわけでもノマドで自由に生きれるわけでもない。

世界一周をしたって結局おれは低収入な一般会社員だ。

しかし、自分の内側の価値観の構築という側面において、生き方を学ぶ上で、あの旅は間違いなく役に立っていると思う。

もし君があのころのおれみたいに、ビビり症で自分に自信がなくて心配性で身動きが取れないような生き方をしているのであれば、一度リュックひとつで旅に出ることをお勧めする。

きっと今まで自分が悩んでいたことが、まるで砂漠の砂の小さな一粒かのようにどうでもよくなることだろう!

その経験は、履歴書には書けない。

しかし、きっとこれからの人生を支えてくれる、一生モノの財産になるはずなのだ!


そんな、旅人老人会の老害ムーブで若者へ熱い説教をかましながら、ちょっとあの旅のことを思いだした記事なのでありました。



そんなところです。



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