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バンビエンで体育座りとお祭りフィーバーの話

2019年8月1日

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ラオス、バンビエン三日目。

一緒にバンビエンを遊び倒したタイ人のダワンと、いとこのオムがタイに帰る日。バスを見送った。


前日の夜、2人の送別会としてビールをおごらせてもらって一緒に飲んだ。

お互いの国の話とか、仕事の話とか。
ダワンがオムにも通訳してくれて、3人で色々話した。

会った時から、女の子のオムと、いとことは言えダブルの部屋で一緒に寝泊まりしているダワンを、変に仲良いなぁとちょっと妙に感じてはいたんだけども。

話題がタトゥーの話になったので、俺が

「知ってた?もしタトゥーがあったら日本では温泉や銭湯には入れないんだよ!」

という話をしたら、ダワンが苦笑いしながら、

「おれはタトゥーはないけど、日本みたいなパブリックの風呂には入れないよ~!」

と言う。
なんで?と聞くと、

「いや、おれはゲイだからさ!」

と衝撃の告白!!!

酔ってたのもあって、すげぇオーバーリアクションで驚いちゃったけど、日本と違ってジェンダーフリー先進国のタイでは、そういう話は当たり前のことなのかな。

あまりにもさらっと、
「おれ、実は左利きなんだよね~」ぐらいの感覚で言われるもんで、日本人とのギャップを感じる。

ダワンが、俺があまりにも驚いたことに驚いたのか、

「日本ではやっぱりゲイって認められてないの??」
と聞く。

「若い世代の人はだいぶいろんな性を持つ人を認めるようにはなったけど、社会全体ではまだまだかなぁー。」

というと、渋い顔をしていた。

確かに、自分が男だとか女だとか言うのと同じように、「私はゲイです」とか言える社会こそが普通だよな。

ダワンが告白してくれた時に、ちょっと「あ、これギャグなのかな?」って思っちゃった自分がいて、悲しかった。

男女でも普通に親友だって言える人がいるように、ダワンがゲイだって知らなかった俺に対して、彼は普通に友達として接してくれたことも嬉しかった。

もちろんおれも普通に彼をすごく気の合う友達だなぁぐらいにしか思ってなかったので、おれはゲイではないけれど、だからと言って心が女性の男の人と仲良くなれない訳ではないんだなぁと、当たり前のことなんだけれど実感できた。

素敵な出会いだったなぁ。

バスの中からも彼らは手を振ってくれてて、さよならはちょっと切なかった。

そして、ひとり残されたおれは超田舎のバンビエンで、予想通り新しい友達もできず、かといって田舎すぎて路上ライブをしに行く場所もなく、ひとりベッドの上で体育座りで過ごすのであった。

体育座りも2日を過ぎた頃、おれは悟った。

「もうだめだ、ビエンチャンに帰ろう。」と。

どっちにしろビエンチャンにはインドVISAを取りに戻らなければならなかったのだけど、「何もすることがない」という恐怖に殺されそうになったおれは、予定より1日早くビエンチャンに戻ることにした。
バンビエンの、おばあちゃん家みたいな田舎町ののどかな雰囲気は本当に好きだったんだけれど、やっぱり今まで血まなこで路上ライブをしてきたなかで、急に何もしない日々が続くと、果たしてこんなにだらけていていいのだろうか?(まぁこの旅自体ただのバケーションなのだけれど)と自問自答にかられ、精神を病んでしまいそうになっていたのだ。


多分、おれは一生安住の地には辿り着けないタイプなんだろうな…

そんなこんなで5時間かけて、ガタガタの道をバスで戻ること5時間、ついに5時間後おれは首都ビエンチャンに舞い戻った。


結局はこの選択、ものすごく正解だった、
というのも、おれはこの日を火曜日と思い込んでいたんだけれど、バスの中で偶然開いたケータイのスケジュールを 見てビックリ、実は水曜日だった。

VISAの受け取り指定日は木曜日の昼までなので、1日遅いとVISAをゲット出来ないところだった。

危ない危ない、うっかりおてんば子猫ちゃんの俺だったけれど、インドVISAの神様はまだおれを見放してはいないようだ。

さらにラッキーなことに、俺がビエンチャンに舞い戻った日、それは国をあげてのボートレース祭りの最終日だった!!

メコン川沿いには先が見えないほどのマーケットが立ち並び、どっからやって来たんだというほどの群衆で溢れかえっていた。


これは路上ライブをぶちかまさない訳にはいかない!!

日が暮れる頃にギターを持って通りに繰り出した。

メイン通りは身動きがとれないほどの人で溢れかえっている!!おまけに恒例の爆音マイクパフォーマンスがそれぞれの屋台から騒がしく響いていて、とても路上なんてできたもんじゃない!

ってことでメイン通りから少しずれた、人もまばらの通りに狙いをつける。

向かいの焼き鳥屋のおねぇさんに、ギター弾いていい??とジェスチャー(ペラペラ英語で話すと、ひかれて断られやすいのだ)。

知らないけど、勝手にやれば?
みたいな表情で最初は冷たかったけど、オッケーなんだね!!やったー!!と大げさに喜んで、準備を始める!!


5日ぶりくらいの、久々の路上!!
ドキドキしながら、歌い出すと、、

入る!!!!入る!!!!!札の山だぁぁあ!!!!
これが祭りの力か!??


いつもはシャイなラオス人たちだけれど、子供から大人まで、興味津々に見ていってくれて、「頑張れよ!!」みたいな目でチップを入れてくれる!!

酔った爺さんは上を向いて歩こうのリズムで盆踊りを披露!

向かいの焼き鳥屋の女の子も、水を差し入れしてくれて、一緒に写真撮ろう!と言ってくれる!

つ、ツンデレかよ!か、かわいい!と思ったおれは、
「お嬢さん!僕のケータイでも一緒にお撮り願えませんか!??」

…と言う間も無く彼女は店の奥のほうに戻っていってしまった。

呼び止めればいいものを、変に恥ずかしがって声をかけられないおれ。

彼女とのツーショット写真を乗せれれば、この誰が得するわけでもないブログにも少しはモイスチャーミルクの潤いで、民族少女ヲタ枠の支持率を得られたものを。

あぁ悲しきシャイボーイ。おれのばかばか。

とか落ち込んでも仕方ないので、パパッと飯を食って、

路上二回戦目!!!

夜も更けてきて、ちょっとは人の減ってきた川沿いの屋台街の端っこにて。

地元の少年たちが、ギターを取り出す俺の前を、群れをなして精一杯カッコつけて歩く。ガチガチに固めた髪を気にしながら。

なんか、地元の「お城祭り」のこととか思い出す。

おれも高校生の時ぐらいまで、毎年友達と一緒に精一杯がんばってオシャレして繰り出していたな。
知らない彼女連れた、中学の時のやつなんかにばったり会って、
「お、おう!久しぶりやな!」とか気どるんよな。

懐かしいし、今思えば可愛らしい。

興味津々に俺を見ながら、ガードレールに腰掛ける彼らを背に、声を振り絞り歌う!

ここでもすげぇ入った!


みんなチップだけじゃなくて、こんな飲めねぇよ!ってほどジュースも差し入れしてくれて。

子供達がなんかリクエストしてくれてるんだけれど、ラオス語でわかんなかった。ごめんよ。

他にも、おっちゃんがなんか日本の歌歌って!ってリクエストしてくれて、嬉しかった。

40分くらい、歌って周りでずっと聴いてくれてた人達に、「コプチャイライ!」(ありがとう)と手を合わせて、お開き。

結果、21万2000キープと、180バーツ。
約3700円!!

日本人からしたら、対して大きな金額ではないかもしれないけれど、物価、収入も高くない東南アジアで、みんながこんなに協力をしてくれる事、その優しさにいつも感動する。

ちなみに、ラオス人の平均月収は2万円、首都ビエンチャンでも3万円ほどだと言われている。

大切に、ネパールまで届けなければと思う。

ありがとう。

次の日。
無事インドVISAを受け取った後、ベトナムハノイ行きのバスチケットを買った。

22時間のバスの旅、しかしたった2500円!

バスは明日の夕方発車なので、この日がラオス最後の夜。

最後に、メコン川の夕暮れを見に行ってきた。

ラオスに到着した初日も、ひとりふらふらこの川沿いを散歩していたのを思い出した。

ってか昨日の祭りのなごりがものすごい。。
ラオス人よ、これを見て恥ずかしくはないのか!??

ゴミの山を抜けると、川沿いの遊歩道に出る。

もう太陽は沈んでしまって、向こう岸のタイの街にはポツポツと明かりが付いている。
赤と青のトワイライトがきれい。

腰掛けたコンクリートの階段は、まだ熱を帯びていて座ると熱いくらいだ。

こんなに周りの空気が涼しく、澄んできているというのに、気にせず夏を気取ってる。
腹がたつくらいに空気が読めていないコンクリートの階段。

でも、ちょっとそんなふうに生きるのもいいかな、なんて思う。

そんなところです!