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【オーストラリア】旅の思い出は一生の酒のつまみな話

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ぼっちシンガー
ぼっちシンガー

ナマステ!ぼっちシンガーです。
世界一周の旅、東京で音楽活動などを経験し、地元香川にUターン移住。
旅と音楽、サッカーなど、好きな事を鼻息荒く語るだけのブログだよ!

「来月台湾行くんやけど!」

「まじで?会おうや!台北なら行けるで!」

10年ぶりの再会、国も言語も違うのに、まるで数か月前に会った友達ぐらいのノリが心地よかった。

先週、はじめて台湾に家族で旅行に行ったんだけれど、その時にふと思いだして。

昔オーストラリアでのワーホリ中に、一緒にルームシェアして暮らしてた友達に連絡してみたのだ!

10年ぶりの彼も全然変わらないおっとりしててやさしくて、お互いつたない英語であの日みたいに、

あの頃の話とか、別れた後お互いどう過ごしてきたかとか、語り合った。

「二人で最後夜景見たよな~!ブリズベンで!」
「あの後おれカメラ落として撮影したデータ全部消えたんよ!」
「あの後おれは世界一周の旅に出たんよ~」
「今はイーランって台湾の東側の街で働いてるんよ。あ、今年には結婚しようと思ってる!」

懐かしすぎて、この10年間全く会ってもなかったから、タイムスリップしたような気分で、もうそれだけで酒が進みまくる!

2人で写真を見ながら語ってたら、いろいろ、ワーホリで過ごしたオーストラリアの思い出が駆け巡る。

あの頃、俺たちが住んでいたのはシドニー。

セントラル駅前のど真ん前、これ以上ないくらい便利な場所に建つ高層マンションの一室。

二段ベッドをぎゅうぎゅうに詰め込んだシェアルームに、8人で暮らしていたのだ。

日本人は俺一人で、あとは中国人、台湾人、香港人というメンバー。

こんなに一等地なのにシェアハウスとはいえ家賃は月5万円くらいで格安で、おれ以外みんな中華圏のシェアハウスということで大丈夫かなーとか思ってたものの、即決で入居させてもらったんだ。

みんなの輪に入れるんやろかという不安もあったのだが、実際に暮らしてみるとびっくりするくらいみんな優しい人ばかりだった。

夜になると誰かが台所で料理を作り始めて、「牛骨スープ作ったから飲め」とか「今日は火鍋や」とか言いながら大きな鍋を囲んで、よくみんなで飯を食っていたのを覚えている。

お互いつたない英語と、たまに出てくる中国語や日本語が混ざった会話で、なぜかめちゃくちゃ盛り上がるのである。

その中で特に仲良くなったのが彼、ションマである。

彼はかなりおとなしい性格で、わりと引っ込み思案なところもあった。おれもみんなが中国語で話し出すと輪に入れない時があって。

そんなとき輪から外れて二人でぽつぽつと酒を飲みながら話すようになったのだ。

台湾では日本のエロ動画がめちゃくちゃ人気やとか、台湾の可愛い女の子のインスタ一緒に見たりとか、まあ男同士のくだらない話である。

ただ、国籍も言語も違う友達となんかこんな中学生みたいなしょうもない話で盛り上がれるのが、無性にうれしかったのをよく覚えている。

そんな感じでシドニーでの生活を送っていたのだが、ワーホリの終わりが近づいてきて、あと1か月ほどでオーストラリアを離れるという頃に、ションマが言ってきたのだ。

「最後にレンタカーでドライブ旅とかしてみたいんやけど、一緒にやらん?」

彼は普段あまり自分から何かを提案するタイプではなかったので、正直ちょっと意外だったのだが、それ以上に誘ってもらえたのがめちゃくちゃ嬉しかった!

「よっしゃやろうぜ!どこいく~!?」

そこから話は早くて、最後におたがい行きたいところ挙げよう!となって、二人とも一致で挙げたのが、

「バイロンベイ!!」「あ!おれも行きたかったそこ!」

バイロンベイというのはオーストラリア最東端の町で、ヒッピーの聖地みたいな場所として知られている街。

街中が大型チェーン店を受け入れしない方針を取っているとか、資本主義からかけ離れたゆったりした時間の流れの中で人々が暮らしているとか、スローライフを愛する旅人が世界中から集まってくるって噂で、興味あったんだ。

実際に行ってみると、最高にチルで独特な空気が流れていた。

サーファーとミュージシャンとヒッピーが混ざり合って、なんとなく自由で、なんとなくゆるくて、でも妙に心地いい。

そこの小さなゲストハウスに泊まって、なにをするでもなく宿のハンモックにぶら下がって二人、ビールを飲みながらだらだら話すだけでも幸福だった。

夕暮れ時、街のはずれの灯台を見に行こうということになった。

帰るころには真っ暗になってて、海沿いのがけみたいな坂道を男二人で歩いた。

海風が強くて、街灯もほとんどなくて、なんか妙に怖くて、「怖い怖い」とかお互い抱き合いながら、ふざけ合いながら帰った。

帰り道の夜空が、すっごく美しかった。


そのあとゴールドコーストにも寄って、長い砂浜をだらだら歩いたりもした。

夕暮れと海。ただっぴろい太平洋からの波の力強い轟音を肌で感じながら、

「このずっとずっと先には南アメリカ大陸があるのか。いつか行ってみたいな。」

みたいな話をして、これからまた始まるお互いの未来の旅に、胸が熱くなった。

なんか、最後にこうして友達と、一緒に海を眺められて良かったなって思った。

旅はいつもそう。後から振り返ると、何をしたかより誰といたかのほうが強く記憶に残ってたりする。

そして旅の最後にたどり着いたのがブリスベンだった。

川沿いの夜景がめちゃくちゃ綺麗で、ライトアップされた橋と静かな川を見ながら、男二人で並んで歩いたのである。

なんか夜景を眺めながら美しい旅の終わりのハイライトを噛み締めながら別れたような記憶だったんだけれど。

この写真見ていて思い出したわ。

あの時、俺たち不機嫌でちょっと険悪だったわ(笑)

長距離運転で疲れて、寝不足もあってお互いちょっとイライラしてたんだった。

「もう誰かと一緒の旅はこりごりや」とか思っていた気もする。

でもそのあと、「最後に笑顔の写真撮ろうぜ」と言ってもう一枚写真を撮ったんだった。

結局おれは、美しい思い出だけを抱きしめて、都合のいい解釈だけで生きる、軽薄で簡単な作りの生き物だ。

旅の思い出というのもまた不思議で、そののちょっと嫌な出来事も、時間が経つと少しずつ削ぎ落とされていくのだ。

まるでケバブの肉を削るみたいに、外側の焦げた部分が削がれていって、最後には美味しいところだけが残るの。

だから人は、何度でも旅に出てしまうのかもしれない、などと思ったりする。

あの時は、これでションマと会うのもこれで終わりなんかなとか思っていた気がする。

旅が終わると、人間関係なんてなんとなくフェードアウトしていくものだ。

でもまさか10年後に台湾で再会するとは思ってなかった。

人生というのはほんまに不思議なものだ。

そんな感じで消えかけてた10年前の思い出を二人でなぞりながら、笑いあった。

彼はカメラのデータをなくしてしまったらしくて、俺が持っていた当時の写真を送ったらめちゃくちゃ喜んでいた。

「次はぜひ香川に行きたいな。日本に行くときは連絡するよ」

そんなふうに言ってくれていた彼。

台湾から帰ってきたあと、ふとした日常の中で、もしションマが香川に来たらどこに連れていこうかなとか、考えたりする。

うどんならアクセスもいいし観光の人でも楽しめるしな、とか、あそこの店主は海外旅行好きやから、外国人の友達連れていったら絶対話盛り上がるやろうな、とか、そんなことをぼんやり考えながら過ごしているのも、楽しかったりするのだ。

旅をして、世界のあちこちに友達と呼べる人ができたというのは、やっぱりええことやなと思う。

あのとき一緒に過ごした時間は短かったとしても、不思議と記憶の奥に残り続けていて、ふとした瞬間にこうやってタイムカプセルを開くような再会が出来るから。

もう連絡も取っていないような人たちとも、もしかしたらまたどこかで再会することがあるのかもしれないと思うと、なんだか少しだけ日々の生活の楽しみにもなるのである。

それぞれの場所でそれぞれの人生を生きていて、たまにこうやって再会して、思い出に浸る。

きっと旅の思い出は、一生の酒のつまみなんだと思う。



そんなところです。








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