スポンサーリンク

知らんがな!おれが旅をする理由の話

2019年8月1日

スポンサーリンク

昨日、ラスタの聖地シャシャマネまでやって来たおれ。

結局ラスタがなんなのかは、コナン君が闇の組織に捕らえられてしまった回の小五郎おじさんの推理のように糸口さえ掴めないまま冤罪でそれっぽい不倫相手の男性を犯人に仕立て上げる勢いであったが、道端で鳴らした音楽とそれを取り巻くストリートチルドレンたちの笑顔には、まぁたまには冤罪もいいかと思わされる素敵な高揚感であった。

朝起きると、昨日一緒にラスタ村へいった日本人四人組はすでに出発していた。

トゥルトゥルみたいな、なんかそんな名前の場所に行くとかいうてたな。

おれが今日行くアルバミンチも同じ方角なので、一緒に行っても良かったんだけれど、なんかいつもの独りよがりな性格が出てしまって、ついては行かなかった。

行かないと決めた後で、やっぱ一緒に行った方が良かったかなとか、協調性ないやつ、とか思われたかな、とか、ぐじぐじ悩む。

きめぇ。。

しかたない。廃線はみ出したポンコツだけど、これだからおれなんだ。

小さい事だけど、なんかそうやって迷いながら旅をしていく中で、生まれた考え方や気持ちを、ひたすら主観的にこのブログに書いていってます。

昨日の夜はそんな自分の生き方について、過去の事とか振り返りながら考えてた。

ロックンロールとおれの話。

俺のこの旅は、ていうかおれの生き方は、結構卑屈で湿っぽい青春時代が強く関係してて。

とにかく1人よがりが酷かった。

保育所のころからみんながグラウンドで鬼ごっこする中、1人で砂いじりばっか。中学まで友達というか、自分を理解してくれるのは、自分で書いてた漫画の主人公だけだった。

その主人公は、いっつもおちゃらけててドジばっか踏むんやけど、どっか暖かい心を持ってて、みんなから愛されてて。
でも自分が弱い人間なのは分かってるから人に優しいんだ。

たぶんそんな人になりたかったんだろなぁ。

自分ってなんなんやろ~とか思って、自分に自信が全然なくて、なぐられても落書きされても、へらへら笑うだけの、不感症青春時代、を見せかけて心の裏で泣いてるような、そんなやつだった。

つらくても辛さを表に出すと、余計に自分が虚しくなってしまう。

誰かに相談するくらいなら、自分で抱えこんでたほうがマシだ。

親にも先生にも、ちょっとクールで、だけどそれなりに友達からも慕われてるような、普通を演じてた。

たぶん、そんなんじゃないことはもろバレだったろうけど。

つらくなんてない。つらくなんてないぞ。

なんて無理に気取って、訳の分からんバラエティ番組の話題に隅の隅で笑ってるのに必死だった。

高校に入って、ちょっとでもそんな自分を変えたいってサッカー始めて、でも結局見せかけの情熱では全然だめで。

ロッカールームでもみんなのファッションの話やテレビの話、セックスの話に全然ついていけんで、疲れて眠ってるふり決め込んでとりあえずそこにいるのに精一杯。

なんも変われない日々。

きっついなー!!生きるのしんどー!!!もうダメかもー!!

とか嘆いてたが、そんな時に、今でもずっと仲間の地元のメンツと出会った。

みんなどっか欠陥持ってて、教室の中心で女の子と盛り上がれるイケイケグループからはじかれて、ベランダに逃げ込んでこそこそ昼の弁当食ってたメンバー。

でも、ずっと無理して笑ってたおれには、気取らず背伸びせず、等身大のガキのままのこころで話し合えたり笑い合えたりできるのがたまらなく心地よかった。

彼らと徐々に仲良くなっていって、どうでもいい事で心の底から腹抱えて笑えた時。

楽しいなぁって、すっごく久しぶりに思った。

あぁなんだ、無理にイケてる奴らの価値観に合わせなくてもいいんだなぁ。

ありのままで生きてみても、いいんだなぁ。

なんて、その時初めて気づいた。

遅っ!そんなの当たり前やん!
って感じだけれど、その時のおれには、なんか頭のてっぺんからカミナリ撃たれたような、すごい衝撃だった。

おれにとっての最初のロックンロールって、それだった気がするな。

おれにとってはロックンロールってただの音楽の種類なんかじゃない。

おれにとっては、自分らしく生きるための思想であり宗教であり、ナイフであり勇気だった。

そんな衝動としてのロックンロールを、大学から始めたバンドで殴りつけるように歌った。

音楽的に、伝え方として、これで合ってるって自信は微塵もなかったけれど、心に響く想いには確かなものがあった。

いっつも想いがこもりすぎちゃって、行き過ぎるもんで、だいたいの人からは冷めた目で見られたりひかれたりするんだけれど、軽音楽部の仲間だけは、

ガモちゃん分かるよ!キモいなー!

って最高の褒め言葉で手をたたいてくれた。

彼らに認めてもらえてなかったら、おれはもしかしたら音楽にも絶望して、心の奥を表現する方法も見失ってたかも。

いつか消化不良な激情の渦を腹にかきえきれずに吐いて、生きてく術も忘れてしまってたかもきれない。

そうなんだ。

ロックンロールがおれをおれで在らせてくれて、音楽という方法がそんなやり場のない想いを現実世界とコネクトさせてくれた。

するとおれは思った。

「なんだ、この世に出来ないことなんてねぇや。」

って。

あんなにゴミみたいだった青春時代を抱えこんでても、今それさえも武器にこうやって歌えるんだもん。

「生きてる価値なんてねぇや」

って笑いながら泣いてた、

「あの日々にこそ価値があったんだ!」

って、気付かされたんだもん。

すげぇわ。って。

そこに導いてくれた、見守ってくれてた人たちに本当に感謝してる。

今となってはいじめっ子たちや冷めた目の傍観者たちにも、ありがとうって思えるくらいだ。

全てはラブアンドピースだった。

そんな人生を歩いてきて、おれが立ってる今。

次はおれが、この音楽を通して誰かの生き方を肯定してあげたい。認めてあげたい。愛を見せてあげたい。

ロックンロールでお金を稼ぐ事はできない。
でも生きる意味を知れる。

音楽は戦争をなくす事はできない。
でも人を救う。

おれは救われた。

みんなが音楽を通して救ってくれた。

表現は偉大だ。
ロックンロールは自分が神様の宗教だ。

それを祈る権利は、誰かに裏切られてもう人を信じれんような、教室の隅でゴミ投げつけられて泣いてるような、生きてる事すらもないがしろにされてボロ切れ着て路上で手を伸ばしてるような、そんなやつらにこそあるんだ。

おれは救われた。

なんでもできるなら、この世の果てのように感じてた、世界の果てだって行けるはずだって、人生に後悔したくないからって、旅に出た。

おれにしか見えない世界ってなんだ?

おれにしか歌えないものってなんだろう?

欲を言えば、

おれはそんな今をひたすらに追いかけて生きてやるんだ!

だから、お前も胸はれよな。

なんて、だれかに影響を与えられる人に、できればなりたい。

自惚れかな?

この旅を通して、音楽の力があれば、こんな奴でもこんなに輝いて生きれるんだな、なんて誰かに伝えられたら最高だな。

そんな事考えてもんもんとして、眠れなかった。

ちょっと昔に作ったこの歌が、わりと気持ちをうまく表現してくれてる気がする。

ユーロビートのリズムに乗って

そんなところなんです。

ランキング8位入賞を目指してブログランキングに参加しています。あいかわらずメンドクセェなこいつは!誰が押すかってあっ!手が滑った!と押してくれるあなたが好きです。↓↓

終了

↑↑読み込みまで待って!心を無にして待っておくれ!