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ネパールのガチ山奥の民俗村にホームステイしに行く話

2019年8月1日

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1月2日!

新年早々午前4時にのそのそと起き出すおれとこーさん。

こーさんが、知り合いの方が企画する地震被害を受けた山あいの村への救援物資支給の活動に参加する事となり、

ぼくもこの後自分のチャリティ活動を行うための勉強がてら、着いて行かせてもらうことにした。

宿が別だったけど、同い年のシン君とも合流し、三人でバス停へ。

まだ真っ暗のバス停で、カミさんと言う現地ガイドのおじさんと出会い、ジープに詰め込まれる。

いつもの様にぎゅうぎゅうのジープの車内はカオスな状態で、ここから10時間もこのまま走らないといけないと思うと気が重くなったが、隣に座った銀行マンだというお兄さんが流暢な英語で気さくに話してくれて、お菓子なんかをくれて。少しは気が楽になる。

走り出したジープはカトマンズの都市部(と言っても廃墟みたいな団地が並ぶだけだけれど)を抜けて、30分もすればぐんぐんと山道を登り始め、薄く青白くなる空とともに、ゆっくりと高度を上げていく。

前回、国境からカトマンズへやってくる時も見たけれど、崖上を走る窓からの山々の景色は、相変わらずとんでもなく美しい。

山々の隙間から神々しいほどの光を放ちながら濃いオレンジの太陽が顔を出し始めると、それまで靄に濃く包まれていた木々の緑が一気に輝き出す。

菜の花が植えられて所々黄色く染まる段々畑はどこまでも続いていて、触れたら飛び上がるほど冷たそうな崖下の小川は透き通っている。

時折通りかかる人びとは山岳民族だろうか、見慣れない黒い調理帽のようなそろいの帽子をかぶった男たちが、崖沿いの道を大荷物を抱えて並び歩く。

田んぼ道を行く赤い民族衣装の少女は朝食に使うのだろうか、大きな水桶を抱えて歩く。
おばあちゃん達は大きなカゴを背中に抱え、それを頭に巻いたロープで固定して、カマを持って朝の畑仕事へ出かける。

その一つ一つの彼らにとっては全くの日常であろう素朴な風景が、朝日に照らされて本当に美しい。

毎度カメラを取り出してシャッターを切りたい気持ちになるけれど、ぎゅうぎゅうの車内ではバックに手を回すことすら難しいので、覚えの悪い頭に焼き付ける様努力してみる。



しかしそんな景色にも2時間もすれば飽きてしまう。

けれど、冒険にふさわしいスリル感は止む事がない。

時に陥没や土砂崩れ後を避けて急カーブを繰り返し、ギャグみたいな大げさなバウンドを繰り返しながら河川敷みたいに岩だらけの道を超える。

時に池の様に広がる大きな水溜りや小川を不気味なエンジン音を響かせながら渡った。

こえぇこえぇ。

いやしかしなんだかんだ止まってみんなで押すとか、そんなハプニングは起きないもんなんだなぁ!うまいことできてるなぁ!

なんて思っていた矢先。

運転手がおもむろに、景色の良い高台のそばに車を止めた。

なんだ?撮影タイムを設けてくれたのか??
なんて思ってたけれど!

パンク!!!!!!!ぎょえーあぶねー!!

まぁなんでもない様に、慣れた手つきでスペアタイヤと交換をして、20分もせずに再出発!

いやぁ、おれが運転手さんならテンパって泣きながらお母さんに電話してただろう。
たくましいです!!

途中寄った村でとてもおれになついてきたポチ。

僕を置いていかないで、と膝に顔を乗せて甘えるポチ。

そうだね、もう君を連れてこの世の果てまで行こう。

そして、ランプールと言うバンの終着点に到着した頃には、4時半、もうかれこれ12時間ほど乗っていたことになる。

ここで、待ってくれていたポーターのお父さんと、その甥っ子君と合流!
こーさん、シン君、ガイドのカミさんと、6人でとりあえず今日の寝床、ラーガディープ村までトレッキング。

しかしこの時すでに太陽は大きく傾きかけていて、最初は鼻歌軽やかに登って行ったけれど。

ポーターのお父さんは容赦なく早歩きだし、
アップダウンの激しい山道にだんだん口数も少なくなる。

真下は崖。

おいおいシャレにならんぞ。

太陽がもうほとんど沈んでしまった。

ここまで1時間近く歩いていて、ポーター曰くまだ半分くらいだと言う。

どんどんと視界を闇が支配していく。

怖い!

人間なんて、所詮自然の中のごく一部に過ぎないんだなと、闇に包まれると感じるのだ。

大学の時、軽音楽部の冒険好きなメンバーで、登山部なんて勝手に作ってた時期があった。

その最初の活動で、大学生らしい急な思いつきで、6時間もかかる上蒜山という山に登る事になって、四人で車を走らせた。

山のふもと、山道の入り口に到着した時にはもう午後一時を回ってて。

完全に陽暮れまでには戻ってこれないなぁなんて思いながら、今思えば完全に山をなめているんだけれど、怖いものなしの俺たちは、まぁ、なんとかなるだろ
と入山した。

結果やっぱり山を降りる頃には真っ暗になってしまって、電灯一つない漆黒の森に取り残されて初めて、気付くんだ、人間なんて、なんてちっぽけなんだと。

自然のデカさを突きつけられて、遭難するんじゃねぇの!?なんて四人で泣きそうになりながら、ケータイの明かりだけを頼りに何時間もかけてなんとか下山。

したかと思えばどっかで登山道を外れちゃってたのか?牧場に出てきてしまっていて、目の前を歩く巨大な牛たちに超絶ビビって四人で逃げ出したんだ。

牛のフンを踏みながら、命からがらという感じで走って。

牧場の柵を越えたあたりで、人家の明かりが見えた時は、泣きそうなくらい嬉しかったんだ。

そんな事を思い出しながら、崖みたいに急な森の斜面を、ガイドのカミさんにライトを照らされながら歩く。

高地に登るにつれ、不思議な光沢のある珍しい石質の岩が多くなってきた。
ライトにキラキラと反射してきれい。

そんな石の自然の階段を蹴りながら、なんとか最後の休憩地点まで登ってきた。

休憩!の声を聞いて、危なっかしくて足元しか見ていなかった目線を上げてみると、その高台からは漆黒の闇に包まれた山々と、その上に満天の星空が広がっていて、きれい。

山と山のその隙間、川の流れに沿うように谷がどこまでも続いていて、数えられるほどわずかな民家の明かりがポツポツと、これもまた星みたいに瞬いていた。

その感じが、岡山の山の中、超田舎だったおれの大学が建っている丘からの夜景にちょっと似ていて、ふと、ほっと懐かしい気持ちになった。

と同時に、いやここはネパールの山奥だと言う事を思い出して、とんでもなく遠くまで来てしまったことを認識した時、なんか寂しくなったりもして。

もう日本を離れて1年と4ヶ月が過ぎた。

ホームシックなんて忘れるくらいにずいぶんと長く旅をしてきて、充実もしているし、日本に帰りたい、なんて考えることもなくなったけれど。

なんだかんだ、自分の気づかないところでも、この心はこの瞳に、慣れ親しんだ日本の風景を写したがっているのかなんて思うと、少し照れくさいような、寂しいようなうれしいような、変な気持ちになる。

午後7時半。

最後の力を振り絞ってやっとの事で中継地となる村、ライ族が暮らすラーガディープ村というところに到着!

山をいく旅人に解放された藁葺き屋根の小屋に迎えられる。

ここでは簡単な食事と寝床を提供してくれる。おばあちゃんが野菜だけの、しかし泣けるほど美味しい地元料理を出してくれて、みんなで手を使ってたらふく食べた。

この辺りでは唯一の、酒やお菓子も置いているこのおばあちゃんの家は、たぶん村の人たちにとってはここはコンビニ兼レストランであり、飲み屋みたいな場所なんだろう。

村のバレーボール大会で優勝したんだという若者たちが、日本酒みたいな地酒で乾杯してて、賑やかにやっていた。

カミさん曰く、この村まで登ってきた外国人はこれまで一人しかいないらしく、俺らが2番目の、言葉も通じない異国人なのだそう。

俺たちを見つけるなり、不思議そうに、恥ずかしそうに見てくる。

最初はお互い別々にやってたのだけれど、おれが唯一知ってるネパールの歌謡曲、レッサムフィリリを彼らが大盛り上がりで歌い出したので、タンバリンをたたいて混ぜてもらう。

一度歌えばもう壁なんてないのだ。

言葉も文化も全く違うけれど、一緒に歌って踊って、馬鹿騒ぎ。

カラオケボックスでもなけりゃなんの音響設備もない、ただの手拍子と歌だけの音楽だったけれど、若者同士肩を抱き合って笑いあうには充分だった。

熱い握手を交わして、夜9時にはお開き。
彼らは今から自分たちの村まで、何キロも山道を歩いて帰るらしい。
ハンパねぇ!

騒いで火照った体を冷まそうと、コーさんとシン君と三人で外に出て、べらべら今日あったことをおさらいしてみる。

明日はここからさらに山を2時間登って、今回の目的地であるジェセ村を目指す。

今いる村でも充分な秘境にやってきちゃった気分だけれど、一体どうなっちまうんだ!

漆黒の闇に包まれて見上げた空には、でかいでかいカシオペアが相変わらずまばゆくまたたいていて、見とれてしまう。

アドベンジャーの予感にそわそわしながら、寝る支度を始めた。

そんなところです!!!

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