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ベトナムへの道、22時間のバスを経てドタバタ入国の話。

2019年8月1日

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ビエンチャンから、ベトナム、ハノイ行き。

22時間のバスの旅が始まった。

ピックアップのミニバスで次々と乗り込んできては仲良くなっていく欧米人達に、いつものように一人孤独を抱えていたら、優しいオーストラリア人とドイツ人のグループが会話の仲間に入れてくれて、今回は泣かずに済んだ。ありがとう、うう。

ってかベトナム行きのバス、おれ以外の乗客みんなヨーロピアンやん!
ラオスにあれだけいた韓国人やタイ人はどこへ行ってしまったのだろうか?日本人だけ嫌われているからアジア人枠から避けられてるんじゃないのか!?

そんな被害妄想を膨らませながら、ミニバスから大型バスに乗り込み、いよいよ発車!!!

ううう、狭い!!

このシートが倒れて寝る事が出来るようになっているんだけど、隣の人と腕と腕が、足と足が触れ合う~~!!

もし隣に座るのがかわいい雑貨とアーユルヴェーダに憧れて単身ベトナム入りを目指す橋本愛なら、確実に恋に落ちてしまうところだったけれど、幸運にも僕の隣は屈強なカナダ人男性だった。涙

そんな心配がなくてよかったなぁ。涙

そんなこんなでカナダ人男性との愛のバス逃避行は始まった。

僕は昨日からバス移動に備えてあんまり寝ていなかったので、すぐ眠りに落ちそうになるんだけども、音楽がうるさくて寝られない。

日本では考えられないことだけど、ベトナムのバス、車内でガンガンに音楽を流してくれているのだ。

それが眠りを誘うゆったりハープの音色だとかならいいんだけども、もちろんドライバーのお好みチョイスなので、ベトナムの訳の分からん歌謡曲が爆音で流れるのだ。

うーんなんと言ういらないサービス!!!

ベトナムの歌って、演歌みたいな古臭いメロディでちょっとアップテンポ、必ずマイナーコードで感傷系。

このドライバーしか得しない曲選で延々と深夜まで流しながら、バスはかけていった。

朝、目覚めると、バスは国境沿いの検問所、ホイホイみたいな名前の街に到着していた。


馬鹿でかい蛾にお出迎えされながら、全員バスを降り、出国審査を受けるんだけども、他のバスも次々やってきて、大量のベトナム人たちが我が我が!!と窓口に突き進んでいく!

もちろん列なんてはなから作る気もないという感じで、僕たち旅行者は何もできずにそれを待つしかなかった、、

前々からいろんな人に聞くところによるととベトナム人は気が強い!ベトナムに行くならインドに行く気持ちで戦わないといけない場面が多い!

なんて聞いていたけど、もうこの時点ですでに理解できた。
相手が旅行者だろうと誰だろうと、かなり喧嘩ごしに「おれが先だ!!」と言わんばかりに突き進んでいく!

さすがベトナム戦争でアメリカ軍を追い返したほどの国だ、並みの国民性じゃないんだろうな。

1時間以上かかって、全員出国審査をすまし、バスに乗ったかと思うと数十メートル進んでまた降ろされる。

次は入国審査!検査官のバッジがラオスからベトナムの赤字に星マークのものに変わる。

働いている人たちの顔も、ラオスよりどことなく中国系に近い。

パスポートを提出して入国審査を終え、入国スタンプを押してもらう!
ついにベトナム入国である!!!

とは言ってもベトナム側まで人間だけ歩いて進み、バスが検査を終えるまで待っていないといけない。結局これにも30分くらいかかった。

待っている時にオーストラリア人の、、いつもどおり名前忘れたけど彼と話をしていた。

彼は東京と大阪、京都に旅行に来たことがあるらしく、でも日本はどうもなにもかもが綺麗すぎて馴染めなかったみたい。

確かに、東京のど真ん中で汚れたシャツにボロボロのサンダルなんかじゃ歩けないだろうな。

おれも日本に帰った時に日本基準の身だしなみの感覚を取り戻せるのか不安だ。まずシャンプーで体も洗っちゃうところから変えなくてはいけない。

やっとこさ俺たちのバスが検査を終えてやって来たんだけれど、その隣に停止した軽トラックになんだか人混みができてる。

なんだろ?と思って覗きに行ってみると、軽トラの上でなぜかイノシシかなんかの解体ショーが行われていた!!

80近いようなおばあちゃんが大きななたを振り下ろしてすでに頭のない体を二つに開いている。。

なんでここで??とか思いながらバスに乗る。

同じくその光景を見ていた隣のカナダ人曰く、

「あれはイノシシじゃなくて犬だよ!国境審査の時に大きな犬が鎖につながれてトラックから降ろされていたのを見たんだ!きっと不法持ち込みだと判断されて殺されたんだ!」

確かに、入国審査の時にオオカミみたいに大きな犬が待合室の隣に鎖でくくりつけられていたけれど、、、そんなんで殺すか??

偶然はねられてしまったイノシシであると信じたい。。。

そんな後味悪い感じでベトナムの国境を越えたバスはここからさらに10時間かけてハノイへ!!!

こんな断崖絶壁の山道を下ると、、、

車は舗装された高速道路へ!

ラオスではコンクリートで舗装されている道自体珍しかったので、これだけで「うわ、ベトナム発展してんなぁ~」と感心。

走っても飛び上がるほど揺れなくなったバスに(日本だと当たり前のことだけれど)安心しながら、うとうと眠ったり起きたりを繰り返していた。

到着時間の5時を過ぎてもバスはハノイにはつかない。

ゆらゆらと通り過ぎる田舎町の景色を見ながら、日本から持ってきたiPodを聴いていた。

the SALOVERSのオールド台湾が流れる。
ナンバガゆずりのジャキジャキサウンドに、台湾の屋台で酒を酌み交わす若者たちの風景が浮かぶ。

このCDを買った当時、サラリーマン真っ只中だったおれだけど、この曲を聴いて、「あぁ!!台湾いきてぇ!!東南アジアいきてぇぇ!!」となったのは言うまでもない。
今聴いても変わらずドキドキしてしまう。いい曲。

次に大好きなandymoriの、ファンファーレと熱狂が流れる。
ファンファーレと熱狂、赤い太陽、5時のサイレン、6時の一番星。という歌詞がある。

夜になってしまっても明日も太陽は登って、いつもどおりの毎日を生きるはずなのに、なんでかこの夕焼け空にもう二度と会えない友達を想うような、そんな危うさと焦りを歌っている風に俺は感じる。

高校卒業間近の頃に、友達3人で丸亀の実家から高松まで自転車で行った事がある。

片道20キロ程度の距離だけど、高校生だったおれたちには、果てしない旅のように感じた。

片道5時間くらいかけてやっとこさ到着したはいいけど、その日中に帰れるのか!?なんておおげさに心配して、せっかく都会まで出て来たっていうのに、ラーメンだけ食べてすぐ折り返したんだ。

途中の難所の山道を越えたあたりで、太陽が遠くの山に沈み始めてて、このまま真っ暗になって帰れなくなったらどうしよう!とか3人で焦りながら、「太陽が沈むまでに灯りのある街まで出るぞ!急げ!!」なんてギャーギャー言いながら、なんとか知ってる道まで出た時には、ものすごくホッとしたんだよな。

今思えば、日が暮れたからって道はつながってるんだからなんとでもなるよ、なんて思うけど、何も知らずに、全てがギリギリの冒険だったあの頃がちょっと恋しくもあったり。

この曲を聴くとなんかその時の夕陽のことを思い出すんだ。

あ、あと屋久島だ。
親友たちで大学の卒業旅行、香川からひたすら南へ南へ、高速を飛ばしてフェリーに乗って、4日目かな?たどり着いた屋久島の初日。

夕暮れ時、車で立ち寄った島のローカルな売店の駐車場でこの曲がBGMで流れてて、おれたち、旅してんなぁ、、なんてしみじみしてた。

ベトナムの田舎町の景色は続いていく。
外で赤く染まり始めた空がきれい。

生きてるように旅をしている。
その景色の大半は、もうこれから先一生見ることはないんだろう。仲のいい友達が言ってた。大切なのは今を生きる事だって。
まったくその通りだ。
今日の夕焼けは今日の空にしか出せない色で、ハノイへ向かうバスに乗っている今の俺にしか見られない景色なんだ。

なんてワクワクさせられるんだろう。

生きているように旅をして、旅をするように生きるのだ!!

そんなところです!!

早くハノイつけ!!おしっこ漏れそう!!