AIっぽい文章がつまらない理由の話【正しいことより、その人にしか書けない話が読みたい時代】

なんがでっきょんな。ぼっちシンガーです。
路上ライブで世界一周や東京での音楽活動を終え、地元の香川にUターン移住。
なんでもない日常を鼻息荒く語る!
最近、「限られた時間をどう使えば、後悔しない人生を送れるのか」的なテーマの本を読んだ。
別におれは今、人生に絶望しているわけでも、明日から人生を変えるぞと燃え上がっているわけでもないのだが、
人並みには、いや常人の3倍くらいは休日の夜に「おれは今日いったい何をしていたんだろう」と後悔の念を絶叫することなどもあるわけだ。
休日になるとスマホを触っているうちに昼になり、昼飯を食べたらYouTubeなんかを見ていると夕方になり、気がつけば外が暗くなっているみたいな。え?みんなもそんなもんですよね…??
それでまあ、時間の使い方について書かれた本でも読めば、SNSに時間を吸い取られ続けるドパガキ生活から多少は脱出できるんじゃなかろうかと思って、とある本を一冊読んでみたのである。
うむ、その本はとても読みやすかった。
文章は簡潔だし、章ごとに言いたいことが整理されていて、書いてあることも基本的には正しい。
「時間には限りがある」
「自分にとって大切なことを見極めよう」
「無意味なことに時間を使いすぎないようにしよう」
といったありがたい話が続き、そのどれもが別に反論するような内容でもなく。
なのに、読み終わったあと、どうにも妙な物足りなさが残った。
広く浅い絶対的正論。それに頷くだけの作業。そんな読後感。
なんというか、何も間違ったことは書いていないのに、あまり心に残っていないのである。
もくじ
正しいんだけど、「そりゃそうだろ」と思ってしまう

たとえば本の中に、
「テレビなどに膨大な時間を費やしてしまったとき、その時間を別の活動に使っていたら何を成し遂げられただろうか、ワクワクする夢や有意義な目標を実現することだってできたはずで、そんなふうに時間を浪費し続けていれば、やがて自分が望んでいない人生を送ることになる」
という趣旨の話が出てくる。
「だから目標を細分化して月ごとの目標を立て、大きな目標に向かって邁進すべきだ」
と解決策も書かれている。なるほど。ごもっとも。おっしゃるとおり。
で?と思った。
そりゃもちろん5時間テレビを見るより5時間勉強したほうが何か身につくだろうし、毎晩スマホを触りながら「なんか面白いことねえかな」とXを更新し続けるより、その時間で何かを作ったり、人と会ったり、本を読んだりしたほうが人生は充実する可能性が高い。
あぁ、実はおれだってそんなことには気づいていたんだ。なに、これみんな知らない事だったん?
なんだ?おれも自分では気づいてないだけで実はビジネスコーチ兼著作家で一橋大学経博士号取得者だったりするの?
いかん!あんまり書くとどの本かバレちゃう!笑
いやいやちゃうねん、本の批判記事が書きたくてこの記事書いてるんとはちゃうの。
これを読んでおれが感じたことはただ一つ。
それが出来たら苦労せんのやっ!!!!!
もちろん、これは完全におれの好みの話であって、余計な寄り道はいらないから「で、結局どうすればいいの?」という答えを手っ取り早く知りたい人もいるだろうし、
そういう意味では、要点が整理されていて結論まで迷わず連れていってくれるこの本のような文章のほうが読みやすい。
答えのみを求める人からしたら、かなり親切な本だと思う。
しかし、ここでおれが本当に知りたいのは、「時間を大切にしましょう」という結論そのものではなかったことに気づく。
もっと、その人しかもっていない経験とか感情とか葛藤とか、なんかそういう、結論にたどり着くまでの人生の紆余曲折だったんだと思う。
この物足りなさ、最近よく感じるなと思った

ここまで考えていて、ふと気づく。
おれは最近、そういう「正しい答え」だけでは、あんまり満足できなくなっている。
というのも、「時間を有意義に使うにはどうすればいい?」とAIに聞けば、今ならものの数秒でそれなりに正しい答えが返ってくるのだ。
目標を決めよう、優先順位をつけよう、SNSから距離を置こう、健康や人間関係も大切にしよう。
たぶんどれも正しいし、下手すれば変な自己啓発本より分かりやすく整理してくれるだろう。
そうなってくると、わざわざ人間が書いた文章を読むときに、ましてやお金を払って本を買って読むってときにおれが欲しくなっているものは、「正しい答え」そのものではなくなっていたのかもしれない。
その人はどこで間違えたのか。何年くらい無駄にしたのか。そのとき本当は何を考えていたのか。
あんなに仲が良かったはずなのに苦笑いで消えていってしまった昔の友人への失望のような真っ黒な感情でもいいし、透けてしたたる君の髪に一生懸命最低だった歪んだ愛情でもいいし、それを経て大人になっていく自分に一抹の寂しさを感じるセンチメンタルでもいい。
そういう、結論だけ抜き出してしまえば全部不必要な紆余曲折まで含めて、その人が最後に「だからおれは個人的にこう思う」と言うところまで付き合いたい。
そう、AIが簡単に「答え」を出してくれるようになった現代では、その答えにたどり着く前のぐちゃぐちゃした不合理で間違ってて、頭の悪い部分にこそ、人が書く価値があるのじゃないかしらん。
AIが「正しいこと」を書けるようになったら、人間は何を書けばいいのか

AIっぽい文章というと、俺も当初は「機械的な文章」とか「結論から言うね」とか、**「変なアスタリスクの使い方」**とか、そういうものを想像していたが。
根本として、その答えに至るまでの自身の経験や葛藤、思い出が決定的に欠如しているのだ。
最近よく聴く「おとなり銀河計画」ってバンドの曲で、
「正しいことは全部ロボットにおまかせするんだから
あたしたちは誰のいうこともきかなくていいんですよ」
って歌詞があるんだが。
そんな感じで、正しいことは全部AIにお任せして、俺たち人間はもっと自由に、結論に至る前の紆余曲折を楽しむべきだ。
これは本を書いている人だけの話でもない。おれももう長いことブログを書いているので、自分にもいましめすべき話である。
ブログを書いていると、どうしても「読者に役立つ記事を書かなければ」と考える。(いや、どこがやねんとかいうな!)
検索してきた人が知りたいことを最初に書いて、見出しを整理して、余計な話は削って、結論を分かりやすくしようとか、
SEOについて調べれば、だいたいそういうことが書いてあるし、おれもそういう記事を何本か書いてきた。
でも、「海外旅行で気をつけるべき7つのポイント」みたいな記事をおれが一生懸命書いたとして、AIよりも良い記事を書けるか?と言われると無理すぎる。
治安に注意しましょう。海外旅行保険に入りましょう。パスポートは常に携帯しましょう。現地の文化を尊重しましょう。
ぐらいしか書けない。全員に当てはまる正解なんて、人間が思いつくことぐらいはもう全部AIでやってしまえる。
そういう一般的な情報を集めて綺麗に整理する仕事は、今後ますますAIの得意分野になっていくだろうし、情報の正確性さえ担保できれば、わざわざ俺が半日かけて書く必要もない。
じゃあおれたち人間は何を書くべきなんだろう。
そこで自分の昔の記事なんかを思い出してみると、自分でも今読み返したくなるのは「役に立つ情報を提供しよう」と頑張って書いた記事より、旅先で金がなくなったとか、知らん外国人と揉めたとか、どう考えても判断を間違えて酷い目に遭ったとか、そういう記事だったりする。
情報としての価値だけを考えたら、大したことは書いていないのだが、そこにはそのときの生身の人間がいて、
当時何を考えていたのか、何を怖がっていたのか、何に腹を立てて、何を面白がっていたのか、
そういう答えのない感情や葛藤が乱雑にちらばっているのだ。
それは今の俺が同じ場所に行ったとしても、もう同じようには書けないと思う。
そう考えると、今までブログを書くときに「これは余計な話だから削ろう」と思っていた部分にこそ、実は人間が書く意味があったんじゃないかという気もしてくる。
いや、もちろん余計な話を全部残せば名文になるわけではない。
俺の昼飯を朝から晩まで克明に記録したところで、誰が読むねんという話である。
個人的な体験を書けば自動的に価値が生まれる、なんて単純な話でもないと思う。
それでも、一般論だけを綺麗に並べるより、その人が実際に何かを経験して、そこで何を感じて、それをどう解釈した結果その考えになったのか、そこまで含めて書かれている文章のほうが、これからはむしろ価値が出てくるんじゃないだろうか。
なんてそんなことをふと考えたのだ。
後悔しない人生の送り方については、また今度にするか。

そもそも俺は、毎日ダラダラ過ごしてしまう自分を多少なりとも改善したくて、この本を読み始めたはずだった。
それが一冊読み終わってみたら、時間の使い方より「人間が文章を書く意味とは何なのか」について考えている。
我ながらだいぶ寄り道した。いや、寄り道というより全然違う場所にたどり着いている気がする。
慌ただしい世界情勢について知見を得ようとスマホを開いたはずなのに、気づけばヤニネコのアル猫たん(推し)のショート動画ばかり見ている。なんかそんな気分だ。いや、朝のおれやんけ。
まぁ、時間を有意義に使いたくて時間術の本を読み始めた男が、読み終わったあと時間術についてはほとんど語らず、「AIっぽい文章ってなんか嫌やな」と長々とブログで愚痴る、
この妙な寄り道もまた、少なくともふしだらで体たらくな人間にしか書けない文章ではないかしらん。
まぁそこに誰かのためになるような価値があるかどうかの判断基準はあなた自身にお任せするが(多分皆無)、
結局、おれがブログを書くうえで大事にしたいのは、そういうところなのかもしれない。
……などと偉そうに結論らしきものを書いていたら、もうだいぶ時間が経っていた。
今日は疲れたし、後悔しない時間の使い方については、また今度考えることにするか…!!
そんなところです。
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