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貧困を考えた話

2019年8月1日

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貧困について。

カンボジアも、インドもそうだったけど、街には乞食が溢れ、手にコップを持って物乞いを行なう子供達、小さな赤ちゃんを炎天下にさらしながら、ミルクを買うお金を頂戴、とグシャグシャの髪の女性が手を差し伸べる。

路上でギターを弾いていると、時折感じる道行く人達の冷たい視線、ニヤニヤ近づいてきては札を入れるフリをしてサッと手を引っ込めておちょくって去っていくおやじなんか、たまにいる。

彼らを見ていると、この国がいかに、物乞いという存在をありふれたものとして、慣れて扱っているかがよく分かる。

僕ら旅行者はどう彼らと接するべきだろう?

いつも、道端に座り込んだ彼らを見て思う。

ここまでの僕の中での答えであって、完全に持論ではあるけれど、彼らに、「働く」という事を教えること。
それが大事なんじゃないだろうか?

物乞いは稼げる、という話を聞いたことがある。

カンボジア人の平均日給は1日3ドルと言われている。

それが、有名観光地などの物乞いに聞き取り調査を行ったところ、平均で1日10ドルほども稼いでいるというのだ。

必ずしも全員がそうとは限らないけれど、路上で手を差し出すだけで、平均賃金の3倍を手にできるなら、

物乞いの親達は子供を学校にも出さず、ただ、路上で手を差し出す事だけを教える。

赤ちゃんを抱いている方が稼げるからと、貧しい農村から赤ちゃんをレンタルしてきて路上に立つ若い女もいる。

そんな矛盾がいまのカンボジアを作っている。

僕ら旅行者は、そんな彼らとどう付き合うべきだろう?

小さな事だけれど、旅行者としてこの国にやってきた僕らにできる事もあるのかな、なんて思う。

プノンペンでコンビニに入った。
一人の少年が笑顔で入り口のドアを開けてくれた。
ありがとね、と言って帰りしに40円のアイスクリームを買ってあげた。

トゥクトゥクの兄ちゃんが、気さくで良いガイドをしてくれたので、ケチらずチップを渡す。
逆に、そこで彼が大したガイドもせずにチップを要求してくる様なら、渡さないで良いだろう。

サービスに対して、お金を払うという感覚は、チップの文化がない日本人にはとらえづらい事かもしれないけれど、共産主義の崩壊した今、がんばったら幸せになれる、という小さな希望を彼らに示す事は、お金に余裕のある僕たち旅行者の役割の様に感じる。

そして、自分の中での判断基準を明確にしないといけない。

シェムリアップで、レストランで食事をしていた。

シンナーであろうビニール袋にさしたストローを吸いながら、不良少年といった風貌のストリートチルドレンたちが僕のもとにやってきた。

「タバコくれよ?」

しかしどう見ても10歳ほどの少年である。

おれはもう18歳なんだ!一本だけで良いから!などと粘られたけれど、大人になってからだ!と絶対にタバコもお金もあげなかった。

舌打ちをしながら彼らが去っていく時、もっと小さな(小学一年生ぐらいだろうか)少年が、ヒマワリの種を売りに来た。

後ろ目でジロジロこっちを見てくる少年たちの前で、僕は彼からヒマワリの種を買った。

彼らは自分の申し出を断ったくせに、別の子供からものを買っている旅行者をみて、どう思ったろうか?

「働いた方が、金になるんじゃね?」

そう思ってくれれば嬉しいんだけれど。

旅行者がお金を落とせば、その街の人たちは豊かになれる。
もちろん物乞いも減るかもしれない。

安さだけにこだわるんじゃなくて、できれば、そのお金に、
「この国をもっと豊かにしてあげるためには、どこに投資すべきだろうか?」

という一点の希望をのせて、払ってはどうだろうか?

そんな風に今のところ考えるようになったので、まとめの意味も込めて書いとく。

そんなところです!!

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