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ダルエスサラームの日常の話

2019年8月1日

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ダルエスサラーム。

様々な人種が混ざり合い文化が融合し、それらが大きな渦となってぼくら旅行者を飲み込んでくるような、強引にこの渦に混ざれよ!と手を引いてくるような、そんな熱気に包まれた街である。

時計を見ると午後1時を過ぎていた。

朝、25円で格安の、しかしいつ食べても砂が混じっててジャリジャリするマフィンを食っただけなので、お腹すいて外に出る。

一瞬で焼け焦げてしまいそうな強烈な日差しの中、ホテルの周りの、駄菓子屋やら家電屋やら八百屋やらがひしめく賑やかな区間を5分ほど歩くと、大きな幹線道に出る。

ここを渡ると、一気に風景が変わって地元の人達の住居や、オイルだらけでバイクやモーターをいじっている修理工の働くこうばのエリアに出る。

道を歩くおれを見て、わざわざ作業を止めて「ハーイチーナ!」と笑顔で挨拶してくれる。チャイナじゃないけど。

地元の、庶民の生活感が強いエリアのため、食堂が安くてうまい!(そして汚い。)

小さなモスクの隣の例外なくきたねぇ食堂に入って、いつもビーフのトマト煮みたいなのを食べるんだけれど、となりのムスリム帽子のおやじがたべていたピラフみたいなのが美味しそうで、頼んでみた。

うん、うまい!

とくに何の美しい飾りもなければただただ茶色いご飯にぶつ切りの牛肉が乗っているだけなので、写真とか撮らんけれど、間違いないわ。

3000シリング、170円ぐらいか。

食べていると、店員さんに両脇を抱えられて、足がぐにゃりと反対側に曲がった、ガリガリに痩せたにいちゃんが席に着いた。

インドやアフリカでは彼のような症状を持った人はよく見かける。

なにか有名な病気なのかな?

自分では立つことができずに、地面に這いつくばって物乞いをしている姿をよく見る。

本当にこのタイプのハンディキャップを持った人は貧困国では多いので、もう別に病気なんだかわいそう、なんて思うことはなくなったんだけれど、発生率が国によって違うということは無いだろうに、日本ではあまり見たことがない。

なんでだろうか?

生活しにくいからと、隔離されてしまうのだとしたら、明らかにそちらのほうが異常な社会だ。

インドやアフリカのような発展途上国では、彼らも保護に頼ることはできない。

五体満足者と同じステージで働き、お金を稼ぎ、生きていかなければならない。

ローラースケートの上に座り、手で必死に土を蹴って、道行く人に手を差し出して、生きている。

そのお金で、こうやって周りと同じように食堂で食事ができるのだ。

立派だと思う。

しかしまだまだ、彼らのような社会的弱者に対する風当たりは強いようだ、次に入ってきた背の高い男。

先に食べていた彼を見るなり、

「へいへいお前みたいなのが入ってきてんじゃねえよ!」

みたいな、言葉はわからんがそんな感じの事を彼を見下しながら嫌味な口調で言った。

彼の、男を睨み返す不快そうな顔でだいたい内容は想像がついた。

こっちまで、とても不快な気分になる。

「そんな事を言ってしまう自分の道徳観念の低さを、みんなに披露しているだけだぞ?」

なんて、言葉がわかれば言い返してあげたい。

日本で同じようなシーンに出くわしたなら、そうやって言い返す事はできるだろうか?

勇気を持って、そう言える人でありたい。

店を出て、道端に自転車を止めてミカン(といってもハッサクやグレープフルーツみたいな、大きくて皮の硬いやつ)を売るにいちゃんから、一つ買って横に腰掛けて食べた。

このミカンが、おれの食生活の中の、貴重なビタミン源なのだ、10円と安いのでここに来てからよく食べている。

あくせくミカンの皮をむいて、下準備をするにいちゃん。

ナイフの刃を入れていると、通りすがりにおっちゃんが買って行く。

コインを受け取り、ミカンを渡し、またナイフを手に取る。

手慣れてて、なめらかなナイフの動き。

どんな仕事でも、みんなそのプロフェッショナルを生きてるんだな。

かっこいい。

自転車には、最初から最後まで綺麗に向けたぜってのを自慢したいのか?はたまた乾かして食うのか?長く長く剥かれたミカンの皮が何かの賞の花輪のようにたくさんかけられていた。

去り際にサンキューと声をかけた。

ふっとほころぶように笑ってくれて嬉しかった。

昨日夜、ボブマーリーのバッファローソルジャーという曲をコピーした。

大学のとき、軽音楽部で後輩たちのバンドがやってたりして、曲名とサビのメロディを知ってるぐらいだったのだけど、アフリカに入ってよくリクエストされるので、歌詞を調べ、曲をダウンロードして、聴き込んだ。

Buffalo soldier dread lock rasta
Buffalo soldier in the heart of America
Stolen from Africa brought to America
Fighting on arrival, fighting for survival

むむ。

バッファローソルジャー。ドレッドロックラスタ(ドレッドの、theボブマーリー!なスタイルの事)。

バッファローソルジャー。アメリカの中心で。

アフリカから盗まれて、アメリカに連れられた。

着いた時から戦いだ、生き抜くための戦いだ。

今まで全く歌詞知らんかったけど、これ、奴隷政策の事を歌ってたんや。

陽気なレゲエのリズムからは想像できんかったけど、ボブマーリーの曲は、強烈なメッセージ性を持っているから、いつも歌詞を訳すと驚かされる。

民族のルーツと、アフリカンの人権。

黒人として、奴隷として、アメリカ大陸で、カリブで、生きていく事を無理強いされたボブの先祖達の、青年が、少女が、いたとしよう。

彼らが狭いコンテナに詰められて、アメリカ大陸に運び込まれたその初めての夜。

これから始まる家畜のような毎日への悲しみと怒りと、そして決して失ってはならないアフリカンとしてのプライドを、イメージさせられる歌詞だった。

うーん、やっぱ民族のルーツとか歌い出したら、日本人には歌えない深さがあるな。

悲しみや逃げ場のない現状をメロディに乗せて、歌って、ちょっとでも日々を明るくいきたい、そんな音楽へのある種宗教的な価値の置き方を、当時の人たちもしてたんだろうか?

そんな悲しい歴史こそが、ブルースやレゲエなんかの世界を変える音楽が黒人社会からたくさん生まれてきた、大きな理由なんだろうな。

音楽は、世界を救う、戦争をなくす、なんて大げさな事は思わんが、音楽はそんな中で戦う人たちの希望だ。

いつの時代だってそうだ。

時計は午後四時を回っている。

太陽も傾きだして、少しは涼しくなってきたか。

そろそろ行くか。

今日もギターを持って街に出る。

そんなところです。

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