スポンサーリンク

地元民との飲みと戦争の話

2019年8月1日

スポンサーリンク

ペナン島三日目。

ペナンきたあたりから、蚊かなんかに大量に刺されて、しかも腫れてるところが全然消えずにずっと痒い。
同じ部屋に泊まって同じところに行っているはずのアフェンディは全然刺されてないのに

たぶん遠く日本からの人間の血の味が珍しいんやろな。LOOKJTBでいく、世界7カ国血液テイスティングツアーとか組まれとるんちゃうやろか。蚊社会で。

本当にマラリアやら怖いので、蚊除けスプレーとムヒを購入!

その後、路上ライブしたいと思って、レセプションガイから聞いた海沿いのスポットに向かう。

しかし、出た!急に路上ライブするのが怖くなる、”急に路上ライブするのが怖くなる性発作”!聞きなれない病名かもですが、急に路上ライブするのが怖くなる発作の事です。

よく路上ライブしてると、
「よくあんなとこで一人で歌えるね、怖いもの知らずだねぇ!」
とか
「根性あるんだね、私は恥ずかしがり屋だからできないわ」
とか言われる事多いけど、僕は元は本気でビビりで人と会話するのも苦手な男でして、一度歌い出したらそれも全部忘れられるのだけれど、路上ライブを始める前にいつも、
(ここでやって怒られたりせんやろか?)
とか、
(ミスして笑われたらどうしよう、、)
とかいろいろ考えてしまうと、結局何も出来なくなるのだ。

この日もくだらない事ばかり考えた挙句ギターをベンチに立てかけて日光浴させただけで、何も出来ずに帰ってきてしまった。

こんな日はひたすら自分の意気地なしの部分が嫌で嫌で仕方なくなって、ひとしきり暗くなったあとに、くそう明日は絶対キメてやるぞ、と意気込んだりする。
ああなんとめんどくさい!

まぁそんなでもんもんとしてホステルに帰ってくると、アフェンディが飲みに誘ってくれた。

昨日アフェンディがホステルお隣の病院のお医者さんと仲良くなったらしく、そのドクターと、ホステルのレセプションガイ、ホステル裏のインド人のおじいちゃん、そしてホステルの前に住み着いているホームレスのじいさんという、ものすごいメンツが集まった。

マレーシアはムスリム国家なのでお酒の税金が異様に高く、缶ビール一杯400円とか、酒だけオーストラリア並みの高さなのだけれど、ドクターが、地元民のみが知る一本100円のグレーなリカーショップを教えてくれて、久しぶりにビールを飲むことができた。


僕は急ぐ観光よりも、こうやってじっくりと地元民たちの生活に馴染んで、生活の空気を感じられる旅が好きだ。

日本だったら、医師とホームレスが同じ席で酒を交わすなんてありえないことだけれど、ここではただただ日常の風景として当たり前に馴染んでいる。

日本人は、品格とか、自分の生活やプライバシーを守ることに必死になりすぎなんだろうな、とか思う。
たまにはもっと心地よいことだけを信じて、生きてみてもいいな。

気取らない交友関係がひたすら心地よくて、買ってきたビールを全部開けて、夜遅くまで語り合った。

次の日!!

今日こそは路上してやるぞ、と意気込んで、二日前に行った小洒落た雑貨店が立ち並ぶアート通りへ!

アジャがまたハンドメイドアクセサリーを広げて販売してた。
隣でやれよ!と言ってくれたんだけど、ちょっと場所が狭いので断って、別の場所を探して歩くと、ちょうど空き家の前がスペースがあったので、腰を下ろす。

お隣の中華系雑貨屋さんには、おじいちゃんとおばあちゃんの二人。

ギター弾いてもいい?と聞くと、笑っていいよと言ってくれた。

よしっ!と思ってギターを取り出して準備していると、おじいちゃんが商品を並べてある台を倒してしまい、おばあちゃんに中国語で怒鳴りちらかされてた。しかもおばあちゃん、それだけでは怒りが収まらないようで向かい側のおばちゃんに、「本当にうちの旦那はどうしようもないよ!!!」みたいなことを怒鳴り口調で愚痴りまくってて、向かいのおばちゃんも苦笑い。
がんばれおじいちゃん!!!


路上ライブの方は好調だった。この路地は声がよく響いて歌っていて気持ちいい。一時間ちょっとで35リンキ(1000円)くらいかな?途中日本人の女の人が話しかけてきてくれたりもした。芸術作品のフリーマーケットに参加する予定らしい。何気にマレーシアに来てから初めて路上中に日本人と出会ったので、すごく嬉しかった。
さっきまで激怒してたおばあちゃんも機嫌が治ったらしく、笑顔で歌上手ね。と1リンギ入れてくれた。
よそ者の訳の分からんバスカーなのに、快く迎え入れてくれると、人の心の広さに感動する。

歌い終えて帰る前に、お隣のおばあちゃんおじいちゃんにありがとうと挨拶をしに行って、ちょっと話した。

僕が日本人だと知ると、別に嫌味な意味ではなく、思い出を語るように戦争の話をしてくれた。
おじいちゃんは昔日本軍の空爆により、片耳の聴力を失ったそうだ。
おばあちゃんのいとこは空爆で死んだと言っていた。
おばあちゃんは、別に今の日本を責める訳でもなく、
「戦争は悲しい事だわね」
と明るく笑ってくれたのだけども、

それがここマレーシアの話なのか、故郷中国での事なのかはわからないけれど、70年前、確かに僕たちの国は武器を持ってたくさんの民間人を殺していたんだなと、教科書の中だけの話だった戦争のイメージが、一気に現実的に感じさせられて正直、すごく逃げ出したい気持ちになった。

申し訳ないなんて、今の日本人の若者が感じたところで被害者の人達にはなんの意味もない事だろうけど、
「本当に日本人として申し訳なく思っています、あの頃の日本は狂っていたと、今の日本の教育でも教えられます」
と話すしかなかった。

日本人として、やっぱり自分の国の事は好きだし、過去の過ちの事で今の日本まで嫌いになって欲しくない。ただ、過去に実際に大量殺戮をアジア諸国で起こした事は絶対に日本人として忘れてはならないし、その後の経済発展を支援してやったのだからと帳消しにできる問題ではない。この現実は絶対に目を背けてはいけない問題なんだなと、痛感した。

なにより、そんな憎むべきはずの日本から来た正体不明の路上ミュージシャンを、快く受け入れてくれたおじいちゃんおばあちゃんの優しさに感謝!

そしてこの日はバスカーにとってはずせない金曜日!アジャにいい夜のバスキングスポットを紹介してもらう事に!

これが、すごい事になった!

とりあえず長くなったので次のブログで書きます。

そんなところです。