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【ベツレヘム/パレスチナ】グラフィックアートは戦争を終わらせることができるのかという話

2020年2月20日

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今日の旅の一曲!タテタカコの “遠い日"!
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昨日パレスチナ自治区のヘブロンで、優しい卸売業のみなさんの事務所で一晩寝かしてもらったおれ。

ウルトラ元気に目覚め、朝鍵を開けにやってきたおじさんにこれでもかと礼を伝え、ヘブロンを後にする。

朝、昨日食べて格安ばりうまなファラフェルを二個も食べて、おれはエルサレムへ帰る事にした。

エルサレムの手前に、ベツレヘムという街があり、立ち寄った。

ここはまだパレスチナ自治区なんだけれど、キリストの生まれた場所でもあるらしく、キリスト教徒もたくさん住んでいる。

でも、ヘブロンと同じく街にはたくさんのイスラエル軍が駐在しており、独特の空気を醸し出す。

イスラエル側はここをイスラエルの観光地として、手に入れたいんだろうな。

街はイスラムの活気でごった返している!




この、エネルギーが渦巻く街の雰囲気、好きだなぁ。

ベツレヘムから、イスラエル側へ抜ける壁のゲートまで歩いてみる。

数キロ歩くと、パレスチナの解放や、平和をうたうグラフィティーアートが一面に描かれた、隔離壁が見えてきた。

イスラエル政府によって作られた、パレスチナ側の人々を隔離する壁。

“MAKE HOMS NO WALL"

壁じゃなくてホムス作ろうぜ?

ホムスというのは豆で作ったペーストで、この辺でよく食べられる、パンにつけるソースみたいなやつ。

イスラエルでも、パレスチナでも食べる地元料理。

ほのぼのしてるのに、言わんとする事は重く伝わってくる、メッセージ性があって好きだなぁ。

そんな感じでしばらく見て回ったんだけれど、こうやって、反戦のグラフィックアートを眺めて、いいなぁなんて芸術的観点で眺めるのって、意味あんのかな、とかも思う。

戦争が生む素晴らしいアート、それって、どっかで戦争を餌にしてるだけのような気もしてならない。

逆に言えば、苦しみがあるからこそ生まれるものもある、だから下を向くな、と前向きに捉えることもできるけど。

こういうの見るときに、素直に素敵な表現だな、だけで感動してしまえればいいんだが、いろいろ深読みしてしまっていけない。

アートとしてみるのか、反戦活動としてみるのかの違いだろうけど。

昔なんかの本で読んだ、「おれが無職になる日が待ち遠しいよ。」と語る戦争ジャーナリストの言葉が浮かんだ。

暗い無機質なコンクリートの壁が続く建物内を、何重ものセキュリティチェックを受けながら進んでいった。

最後のドアを開くと、イスラエル側に出た。

イスラエル側といっても、パレスチナはエルサレムの半分はパレスチナ自治区の領土だと主張しているし、この壁も、本来の境界線よりかなりパレスチナ側に食い込むように建てられている。

地図を見ると、本当にいびつな形をしている。

この、白いエリアがパレスチナ自治区のはずなんだけれど、隔離壁が敷かれた場所を示す黒い線はそれを全く無視しているように、大きくパレスチナに食い込んで建てられている。

壁が事実上の国境のようになっているのだ。

パレスチナ、こういうの一つとっても、すごくいろいろと考えさせられた滞在だった。

思ったより発展してて、都会的で、人々の活気もあって、ちょっと前まで戦車が駆け巡る紛争地だったなんて感じさせない空気だった。

だからこそ、そんな当たり前のしあわせが一瞬で壊されるような、怖さを想像してしまう。

忘れられない経験になった。

ほんま行ってよかった。

検問所からエルサレム行きのバスに乗って、おれはエルサレムの旧市街に帰ってきて、いつもの宿にチェックインしなおした!

パレスチナに行く前まで滞在してた、タケシさんがいなくなっていて、ちょっと寂しかった。

ギターを持って、街に出た。

いつものパン屋の前やらで2時間ほど歌って、98シュケル、約2800円!

笑顔で見て言ってくれて、そっとコインを置いていってくれる人たち。

パレスチナで感じたユダヤ人のイメージとは正反対の、優しい表情ばかりなんだ。

おれは、イスラエルもパレスチナも、大好きだ。

難しいことは置いておいて、とにかくそんなことを叫びたくなる。

エルサレムの日が暮れていく…

そんなところです。

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終了

↑↑イスラエル滞在もそろそろ終わりが近づいてきている。