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アルーシャ最終日となんだってなれる話

2019年8月1日

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アルーシャ4、5日目ぐらい!

サファリ帰りの疲れた体を公衆便所風に仕立てられたモダンでシックなホテルの一室で癒したおれ。

ここのホテル、なんと一泊4ドルほどと、アフリカのなかではずば抜けて安い宿だったんだけれど、コンセントもなければ風呂もトイレも水が出ない、という、まさしくベッドがあるだけなうんこ宿であった。

おれはもう一泊このアルーシャに滞在の予定で、はじめは今夜もここに泊まろうと考えていたのだけれど、サファリ中はもちろん、その前から節水運動に取り組むがあまりお風呂に入っていなかったおれ。

地球のために身を削っていたわけだが、これでかれこれ四日間シャワーを浴びておらず、キレイ好きで肌男なおれとしては、さすがにそろそろシャワーを浴びたい!ということでしぶしぶ10ドルのノーマル宿に移動。

ここのシャワールームも、狭い個室のど真ん中にトイレの便器があるというなんとも素敵なデザインだったが、お湯は出ずとも、水シャワーが浴びられる喜びを胸に噛み締めながら、美しい体を取り戻したおれ。

ハーブとフローラルの香りを身にまといつつ、颯爽と部屋を飛び出した!!

明日、おれはケニアのナイロビに向かう予定で、そのバスチケットを買おうとバス停までやってくると、

「コンニチワー!ニホンジンデスカー!」

うわ!めんどくせ!日本語で話しかけてくる男に捕まる!

「はい、こんにちわ!サファリの勧誘?サファリなら昨日行ったばっかだからもういかないよ!さよならー」

いつもであればどんな人にも優しく接する(特にかわいい女の子には)おれであるが、早くバスのチケットを買いたいというのもあり、氷点下500度の冷たさで振り切ろうと試みた。

しかし彼は諦めずについて来て、そこから英語で話し出す。

「違うんだ、おれはたしかにサファリツアーの仕事をしているけれど、これは仕事じゃない。今日本語を勉強していてね!ちょっとでいいから君と話がしたいんだよ!」

あーあるある。

話をしていって、仲良くなった頃に、ところでサファリツアーを・・とか言うてきて、断りづらい雰囲気作るやつな。

おれは昨日行ったんやて!お互いの時間のロスやから諦めて~

とか思いながら、「また次会った時にね!」なんて言いながらテクテク歩いていくんだけれど、彼も諦めない。

「どこ行くんだ?」

「両替しないといけない」

「なら場所を教えてあげる!こっちだ!」

もうええって~しつこいなー

とは言えとりあえず両替はしないといけないので、彼に道を教えてもらって、外で待ってて、と両替所のなかへ。

諦めて帰ってくれんかなぁと店のなかでゆっくり椅子に座ったりして時間を潰し、両替を終えて外にでる。

「おかえり!待ってたよ!さぁ!日本語を教えてくれ!」

いたーー。。。

うんざりしながらも、彼の言う通りに商店の軒先に腰掛けて二人並んで座ると、彼がポケットから小さな手帳を取り出した。

お世辞にもキレイとは言えない字だが、

thank you … aligoto gozaimasu,
I am matt … watoshi wa matt des.

みたいに、日本語と対訳がびっしり書いてある。

「前にここで出会った、カズって日本人に教えてもらったんだ!」

嬉しそうに、へへへと笑う彼。

名前はマテーと言うらしい。

「いくらか、知りたい言葉があるんだ。君の邪魔はしたくないけれど、どうしても知りたいんだ。ごめんね。」

そんなことを言ったあと、

what your name はなんていう?
please be in front of office at 8amはなんて言うんだ?

などなど、仕事で使う言葉を一通り並べては、おれの言う日本語訳を書いていく。

しかし、彼は英語は上手にしゃべるが、書く事は得意じゃないらしく、うまくアルファベットを書けなかったり、対訳の英語のスペルを間違えたりしてる。

「おれの家はそんなに豊かじゃなかったから、学校にはあまり通えなかった。だから書くことは少し苦手なんだけれど、しゃべることができれば仕事はできる。ノープロブレムだろ?」

「仕事で日本語が喋れたほうがいいんだけれど、ここには日本語の学校や、教本なんて無いからね。日本人がいたらこうやって教えてもらってるんだ。」

「おれは23歳なんだけど、息子が1人いるんだ。日本人に教わった日本語を、サンにも教えてきかせてるのさ。もうすでに、コンニチアやゲンキデスカ?なんて喋るんだ。あいつは将来いいガイドになるぞ!」

と得意げに話す彼。

仕事の話を・・なんて、おれの思い上がりだったようで、彼は自分の生活のため、そして家族を養うために、真剣に日本語を勉強しているみたい。

そんな彼にさっきまで冷たくしていた自分が、急にむなしくなってしまった。

「what は ナニ で、デスカ?を付けるとよりポライトなんだ。」

「男なら、ボクでもいいけど、ワタシといった方がよりフォーマルだぜ」

出来る限り詳しく教えてあげた。

早くバスのチケット買わなきゃとか、タンザニアを出る準備が、とか、なんかどうでもよかった。

地球の裏側ほど離れた場所で、こうやって日本語を勉強してくれているというのが嬉しかったし、なにより仕事をしていく上での努力をおこたらない彼の気持ちをないがしろにはしたくなかったのだ。

正直、アフリカ各国に言えることだけれど、金持ちの子供はいい学校に行って教育を受けて、親の後をついでエリートになることがほぼほぼ保証されており、逆に貧しい子供達は教育を受けられないから貧しいまま。

彼らもそんな状況に身を委ねてしまっているように見える。

おれの家は貧しいから稼ぎが少ないんだ、社会がダメだからおれは貧しいままなんだ。

そうやって怠惰な生活を続ける理由をつけて、ごろごろと道に転がっては酒を飲むだけ、ひどいと強盗や窃盗に走る。

それはたしかに、そんな彼らに希望を見せてあげられない社会や国の責任もあるし、なにも不自由ない国で育ったおれが言えることでもないのかもしれんが、やっぱりそんななかでも、努力してのし上がってやろうっていう、ハングリーなスピリットを持つ奴が成功してほしい。

どうせおれなんて、と諦めて欲しくない。

フィリピンで英語を勉強していた時、SMシティモールという大手の大型ショッピングモールがあって、よく買い物に行ってた。
イオンなんかよりも大きな、なんでも揃う巨大モール。

ある時、バイタクかなんか乗った時のドライバーの兄ちゃんが教えてくれた。

「SMシティのSMって、なんのことか知ってるか?あれはな、シューズマートの略なのさ!SMは、元は小さな小さな靴屋だったんだ。20足ぐらいしか靴を置いてないような、それはそれはちいさな貧しい靴屋さ!でもな、先代の社長がものすごい努力家で、あれだけの巨大モールにまで成長出来た。だからSMはおれたち庶民の希望、みんな大好きなんだ!」

その頃は、おれはまだ海外に出てすぐだったので、そうか、頑張ったんだねぇぐらいにしかおもってなかった。

しかし、アジア、アフリカと見てきて、同じ様にフィリピンみたいな貧富の差が激しい国において、そんな小さな商店があそこまでのし上がるまでには、想像も絶する困難を乗り越えてきたんだろうなと分かる。

今思えば、本当にすごいことだ。

きっと、努力が常に身を結ぶとは限らんが、前を向いて生きていくことに意味があるはずなんだ。

こんなことやってやろう、こんな自分になってやろうっていう、そんな野望をメラメラ燃やしながら生きていけば、例えそれが実をつけなかったとしても、歩いてきた自分の人生には納得できるはずなんだ。

そんなことを考えさせられて、必死に前を向いて不毛な社会に食らいついている目の前の青年を、心の底から応援したかった。

世界を見て、改めて思う。
日本は恵まれている。

やりたいと思うことを、やれる環境が揃っている。

大概のことは学校で教わるし、やりたい事がないからとフリーターで細々暮らしたって食べ物に困るような事はない。

しかしそんな環境は、彼らにはない。

語学を勉強したいと思っても、学校もなければ本も高くて買えない。

そんな中でも、どんなに冷たくあしらわれながらもこうやって観光客を捕まえて、勉強している。

そんなスピリット、おれも見習わないかんなぁと、つくづく思わされる。

彼らを見ていると、おれは日本に帰った後、なんだってできるような気になるんだ。

何にだってなってやる。

やりたい事やって金稼いで、いつか家族や友達と彼のガイドでサファリに行って、夜はビール買い込んでみんなで盛り上がったるでー!!!

結局一時間近く軒先に座っていろんな事を教えたり教わったりした後、彼は帰り道おれを格安でバスチケットを買える販売所に案内してくれて、

「ありがとう!またね」

と去っていった。

バスチケットは普通の販売所で買うのの半額近い値段で、びっくりした。

よし、明日はついにナイロビだ!

まだまだ日は暮れないだろうから、最後にここアルーシャでも路上に出たるぞ!

そんなところです。

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