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ラムチェ村滞在二日目と石油王になりたい話

2019年8月1日

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朝。

冷たい隙間風と、赤ちゃんをあやすおばあちゃんの子守唄で目を覚ましたおれ。

時刻は6時半。

朝早く起きてマキで火をつけて、赤ん坊を抱きながら俺たちの紅茶の湯を沸かしてくれていた。

ナマステ!と挨拶をして、ちょっとタバコを吸いに出た。

段々畑に腰掛けて朝の空気を感じ取る。

目の前に優然と広がる山々は深い霧に包まれていて、
遠くから聞こえる子供達の民謡を歌う声、ヤギを追う女の子の勇ましい声が響く。

まるで江戸時代かなんかにタイムスリップしたような、そんな景色を眺める。
ふぅっと吐く息は真っ白で、キンと突き刺すように空気は冷たい。

今日からついに、用意した筆記用具やスポーツ用品を届けに学校を周る事になっている。

庭のニワトリが朝産んだものだろう、採れたてで作ったゆで卵とチャイの朝ごはん。いただきます!

律儀深い大学生シュウくん。
しっかりと卵のお礼をしているが、相手を間違えている。

そして準備を済ませ、ギターを担いで山を登る。

途中パトさんの知り合いの民家や丘で休憩をとりながら、しかし険しい山道にゼエゼエ言いながら二時間。

森を抜けると、小高い丘の上に出て、その丘の広場に子供達の姿が見えた!

ついに1校目の訪問校、ヒムチュリー小学校に到着だ!

山の頂上に立つこの学校。
見晴らしの良いその校庭からは遠くに雪がかったヒマラヤ山脈も見え、まるでアルプスの少女ハイジの世界のようだ。

椅子に座って待っていると次々と子供達が登校してきては、恥ずかしそうに先生のひざの後ろに隠れながら、小さく手を合わせる。

「ナ、ナマステ・・」

先生「もっと元気に挨拶しなさい!」

「ナ、ナマステ・・」

そんなやりとりを見ていたら、歓迎のセレモニーが始まった。


歓迎の首飾りをもらい、校長先生の歓迎のお話(ネパーリ語)を分かったふりしてうんうん頷きながら聞きながした後、子供達にノートや鉛筆を配る。

シュウくん達から寄付してもらったサッカーボールやけん玉も、喜んでもらえたようだ。

最後に、持ってきたギターと、ハーモニカやタンバリンをみんなで使って、日本人メンバーでネパールの歌を歌った。

ネパール版上を向いて歩こう的な、ネパール人なら誰でも知ってる「レッサムフィリリ」という歌がある。

昨日家の前で一人練習していたら、村の子供達がわんさかやってきて一緒に歌ったり踊ったり盛り上がっていたのだけれど、学校ではみんな緊張してるのか?えらく大人しかった。

けれど、歌い終えた後、「ギター触ってみたい人!?」と言って弾かせてあげると、思い思いに触ってはロックスターの気分でみんな楽しんでくれていた。

こうやって、あまり楽器に触れる機会のない子供達に音楽の力とか楽しさを教えてあげる活動も、やっていきたいな。

無事1校目での活動を終え、

もう一校の方は明日の朝なので俺たちは家に戻るのだけれど、パトさんが

「この山のさらに奥部に、もう一校学校があるので見学だけでもしにいきませんか?」

と誘ってくれた。

時間も十分にあったので、おちおち休憩しながら向かう事にした。

いやぁ、長時間トレッキング。
かなりきつい。

隣のもっと標高の高い山の頂上に立つ学校らしい。
標高が上がるにつれて、景色も変わってくる。


雲がどんどんと近くなってきて、天国とかありもしない世界に届きそうな、不思議な世界観がある。

一時間ほど歩いて到着した頂上は、まさに絶景という名にふさわしい山々の景色に囲まれた美しい場所だった。

草原地帯の頂上から見渡すは、360度の山岳地帯。

乾いた雲を浮かべた青空を突き刺すように、切り立つ8000メートル級のヒマラヤの山々が遠く水平線に豪快に並び、宇宙に届きそうなほどの見渡す限りの青の世界がそれを包み込んでいた。

そんなヒマラヤの山々の隙間をぬってやって来たのか、吹き抜ける風はキンと冷たく、爽快な気分にさせる。

思わずみんな駆け出して、思い思いに写真を撮ったり、おれはギターを取り出して歌ってみたりした。

なんて気持ちいい場所なんだ。
思わず手を広げて深呼吸せずにはいられない、そんな場所だった。

しかし、肝心の学校はどこだろう?

丘の真ん中に、まるで何か巨大な生き物の墓でも建っているかのように、コンクリートの瓦礫の山がポツリ残されていた。


その奥に屋根と柱だけが残った骨組みだけの建物がひっそりと建っている、というか、残っているという感じ。

「ここがシラタンプライマリースクールです。地震で建物の壁が全部崩れてしまったんです。」

パトさんの言葉に一同言葉をなくした。

標高2400メートルというこのような高地では、たとえ学校のような公共施設でさえも未だに復興援助はなく、子供達は晴れた日は芝生にノートを広げて青空教室、雨季には唯一残った屋根の下で、ぬかるむ地面の上で授業を続けているという。

パトさんは、この学校の現状を見て欲しいからと、俺たちをここに誘ったようだ。

「この壁をなおすのには、トタンによる簡単な修理で50万円、岩の壁で建て替えるなら100万円かかります。もし、次に何か団体などで大きな金額を使ってのチャリティ活動を行う時には、是非ともここの学校の存在を思い返して欲しいです。」

おれにそれを成し遂げられるほどの力があれば。と悔しさを感じずにはいられなかった。

筒抜けの建物には、子供達の姿はなく、休みなのかな?なんて思っていたんだけれど、どうやら昼休みでみんなご飯を食べに家に帰っていたようで、わらわらと20人ほどの子供達が帰ってきた。

初めて見るのであろう外国人達の姿に興味津々の彼ら。

先生達も不思議そうにやって来た。

パトさんが、おれたちが他の学校のボランティアで滞在していて、立ち寄った旨を伝えてくれると、この学校には何も出来ないにも関わらず「遠くからわざわざありがとう!」と笑顔で学校の説明をしてくれた。

何か少しでも彼らにしてあげることはないかと考えて、あることを思い出した。

インドのハンピにいるときに、出家予定のさすらいボウズ、ミズキにもらったものがあった。

5円玉で作ったネックレス。全部で30個も。

「五円玉みたいな穴あきの硬貨は珍しいから外国人に喜ばれるって聞いて、集めて持ってきたんだけれど、よかったらネパールのボランティアの時にでも使ってよ!」

と授けられていた。

「何も出来ないけれど、この五円玉のネックレスには、日本では「ご縁」といういい意味があります。皆さんの幸運を願ってプレゼントさせてください。」

と、みんなで子供達の首にかけて周った。


全員分足りるかどうか不安だったけれど、先生も入れて、ぴったりの数だって、なんだか少し運命を感じた。

俺たちが必要なのは安心して勉強できる建物だよ!なんて言われそうだったけれど、実際渡してみると本当にみんな目を輝かせて喜んでくれる。

ありがとう!と手を合わせてみんなで挨拶してくれた。

喜ぶ顔が見れてよかった、なんて言うのは何も出来ない自分を苦し紛れに納得させようとしているだけかも知れないけれど。

彼らの1日を少しでも愉快なものに出来たのならうれしい。

ミズキ、素敵な贈り物をありがとう!

今回のチャリティ活動を計画する中で、一番苦労したのは情報収集だ。

活動資金が集まった後の段階、いったいどこの、どんな人たちが、何を求めているのか。
リサーチを繰り返していたけれど、当たり前だけどそんなものネットにはなにも出ていない。

おれも、今回パトさんに出会ってラムチェ村を案内してもらえなかったら、なす術がなかったと思う。

もしこのブログがどこかのチャリティ団体さんの方の目にとまるような事があれば。活動資金が50万円以上あれば。

ネパールのラムチェ村からさらに三時間山を登ったところにシタラン小学校という場所があります。

彼らの校舎を50万円あれば直す事ができます。

是非とも検討いただきたい!

今も山の頂上で、五円玉ネックレスをぶら下げている子供達に、素敵なご縁がありますように。

あぁ、おれが石油王だったらなぁ。
なんて、ちょけるんじゃなく思った。

そんなところです。

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終了

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