『天保三年創業・吉塚仏壇店へぜひどうぞ』香川県民の夏に染み入るお仏壇特別セールの話


なんがでっきょんな!ぼっちシンガーです。
路上ライブ世界一周の旅や東京で音楽活動を経て、地元香川にUターン移住!
旅や音楽、香港人妻氏との日常について語るブログだよ!
セミの鳴き声が重なり合う8月の空。
夏休み、校庭ではサッカー部の連中が、焼けた土の匂いをまといながら声を張り上げている。
高校でサッカー部に入部した俺であったが、どうにも周囲の体育会系のノリについて行けずに、
おれもその輪の中にいるはずなのに、どこか半歩だけ外側に立っている感覚が、ずっと抜けなかった。
笑い声の温度に馴染めないまま、練習が終わると誰よりも早くスパイクを脱ぎ、ひとりで自転車にまたがる。
帰りにうどんでも食って帰るか。そんなことを考えながら、ペダルを踏み込む。
アスファルトの照り返しが揺らめく帰り道。ふいに空が震えた。
セスナの羽音だ。
見上げると、青の真ん中に小さな機影がぽつりと浮かんでいる。
やがてその点はゆっくりと空を横切る。
その瞬間、拡声器越しの声が降ってきた。
「天保三年創業、吉塚仏壇店へ、ぜひどうぞぉぉぉ〜」
能天気な女性の声。ありふれたこの街の空。そのいつもの光景に、どこか肩の力が抜ける気がして。
自分の孤独とは無関係に、世界はいつも同じ調子で回っているのだと告げるみたいに。
その声は突き抜けるような真夏の空から、まっすぐおれの上に落ちてきた。
「今年もお盆の季節か。」
そんなことを考えながら、おれは冷たいうどんをすすった。
天保三年創業・吉塚仏壇店の正体がいまだにわからない香川県民

とまぁ!!
こんなくせぇ青春小説の一ページにでも書かれてそうなほど普遍的な、お盆の時期の日常風景なんですよ!
香川県民にとって、『天保三年創業・吉塚仏壇店』の爆音セスナCMは!
他県民の方からするとなんのこっちゃと言われるかもしれないですが、先日話題になってたのだ。
Xで有名な坊主さんの『香川の常識と言えば?選手権』ってツイートで!
香川県の常識と言えば?選手権
— 坊主 (@bozu_108) February 19, 2026
金賞
年末年始、お盆の時期になると必ずこいつ✈️が飛ぶ。
天保三年創業〜✈️ pic.twitter.com/9jYy2BgkGj
お盆の時期とか、まじで毎日のように空から聞こえてくる仏壇店の宣伝。
まじか、あの爆音飛行機広告の文化って香川だけやったんか…!
そういや東京に住んでいた頃とかあんなん一回も聴いたことなかったな・・・!
本当に子供の頃から、それこそ反抗期には親の声よりも聞いたかもしれない「ぜひどうぞぉおぉぉ!」の間延びした声。
東京の雑踏の中で、不意にあの抑揚が脳内再生されたことさえある!
旋律もない、特別なコピーでもない。それなのに、記憶の深層に沈殿するこびりつくあの日の空の記憶。
香川県民にとってのノスタルジックなあの夏の空には、蝉の声にまじって「仏壇仏具のお求めは吉塚仏壇店」の残響が、どうしようもなくしみわたっているのである。
しかし、俺たち香川県民はそろそろ目を背けずにこの問題に向かい合わなければならない。
ところで、吉塚仏壇店って一体なんなんすか?という疑問に。
そう、かまどの歌とザグザグの歌に並び、あれだけ県民の夏の記憶を侵食する「吉塚仏壇店」ではあるが、
おれは一度もないのである。「吉塚仏壇店」に行ったことが。
それどころか、店がどこにあるのかも知らん。

まず第一に、吉塚仏壇店とは実在する店なのであろうか?そんな疑問さえ浮かんでくる。
セスナ広告ではだいたい「吉塚仏壇店では、ただいまお仏壇特別セールを開催中~!」と毎回言ってるんだけれど、
それを聞いて、「お買い得!お仏壇買いに行かなきゃ!」となる人はどれくらいいるんだろう。
昔から、そんな禁忌的ともいうべき疑問を、抱かざるをえなかった。
あぁ。恥ずかしながら、正直に告白しよう。
おれはこの人生で一度も「仏壇仏具がほしい!」と思えたことがない、
そんな反信仰な異端者のクズやろうなんだ・・ッ!!
たとえ「SNSで大バズ!今年の新作お仏壇」であっても、「特価!仏壇仏具決済セール!」であっても、きっと俺には響かなかったと思う。
情けない限りである。
夏のノスタルジックな風景として、エンターテイメントとして、生まれた時から吉塚仏壇店を日常として消費しておきながら、
「仏壇仏具を買いたい」
そんな人として当たり前の感情が、しかるべき情熱が、おれにはなかったのだっ!
この人でなし!悪魔の子!そういって自分を責める毎日である。
週末は家族そろって吉塚仏壇店でショッピング、お仏壇特別セールには欲しかった仏具をお得にゲット。
そんな敬虔で思慮深い一般香川県民のみなさんに、恥ずかしながらお伺いしたいのです!
「吉塚仏壇店」とはなんなのか!?一体どこにあってどんなお店なのか!?
どうかこの異教徒の家畜同然な哀しき心を持つ私めに、教えていただけはしませんでしょうかっ!!!!
吉塚仏壇店が売っているのは仏壇仏具ではなく、ただの夏、なのかもしれない。

なんでだ…なんで、香川県民は誰一人として「吉塚仏壇店」の具体的情報を知らないんだ!!
「吉塚仏壇店に行ったこともないなんて田舎者すぎて草www」
「急に仏壇仏具切らしちゃったときとかどうしてんの?www」
などの吉塚仏壇店マウントをブイブイ言わせながら、鼻息荒く詳細を語ってくれると思ってたのに!
不気味なほどに静まり返った当ブログのコメント欄を眺めながら、おれの思考は一つの仮説にたどり着く。
これ、「吉塚仏壇店」ってもしかすると、最初から存在していなかったのではないか?
本当に「吉塚仏壇店」が売っているのは仏壇仏具なんかじゃなく、
「香川県民の夏の思い出」なんじゃないか?そんな妄想が、脳をかすめる。
あの夏。いつもの、ただの夏。お盆の時期。セスナ機が空を横切り、決まった文句が降ってくる。
「天保三年創業――」。
いつものありふれた景色。しかしそのあとの記憶を、夏の向こう側を、おれはいつだって、どうにも思い出せない。
青空と雲の向こう、飛び去ったセスナ機がどこに向かったのか?空港に戻っていったのか?海に消えたのか?
その行方を僕たちは、誰も知らない。
今年も夏の空に声が落ちるたび、胸の奥に微かなざわめきが生まれる。
それは購買意欲ではない。むしろ、土地と自分がまだつながっているという確認のようなものだ。
仏壇を買う予定はない。「吉塚仏壇店」の所在は、今も不確かなままだ。
しかし、「進撃の巨人」で始祖の巨人の声がユミルの血を引くエルディア人にのみ聞こえたように、
あの拡声器の声も本当は空からではなく、香川県民の心の内側から鳴り響くメッセージだったとしたら…
いりこ出汁の血を引くうどんの民のみが座標空間でつながる、その接地点を知らせるサイレンなのだとしたら…!
もしかすると、あの声は店の存在証明ではなく、俺たちの夏の、存在証明なのかもしれない。
そう、おれ達の夏の記憶と共に、「吉塚仏壇店」は存在し続けるのだ。
この先も、夏が巡るたびに…

そんなところです。
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