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お金があれば幸せか?新しい時代を生きる僕らの、お金との向き合い方について考える。

2019年7月29日

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「あぁぁ、どっかに10億円落ちてねぇかな〜!」



いつものシェアハウスのリビング、ニートプロゲーマー、Tが呟く。

彼はお金がない。ニートなので仕方がない。



今月は特に出費がかさんだらしく、毎日そうめんに塩をかけただけの”素そうめん”なる食べ物を発案して毎日をやり過ごしていた。


「お金があっても、それで幸せになれるかどうかはわからんよ?」


そう、エリート大学生のRが答える。



「そう?だって10億あったらなんでも買えるじゃん。お金なくても幸せなら良いとか、そんなの幻想よ。世の中は金。」


「なんでも買えるとそれが幸せなの?確かにお金があれば選択肢は増えると思うけど、大事なのはそれで自分がどう生きるかだよね?」

「お金がないとその選択肢もないんだよ?そしたらある方が絶対いいじゃん!」


リビングで、また熱っぽい議論が交わされる。


いろんな観点を持って立場を機にする事なく話をできるのも、シェアハウスの醍醐味だなぁとか思いながら、二人の話を聞いていた。


確かに一昔前までは、男はたくさん金を稼いでいいマンションに住んで車買って、いい女を捕まえる!みたいな成り上がり主義がもてはやされ、僕より一世代前くらいの年代の方はそれを信じて頑張ってる人も多かったと思う。


しかし今、こうしてシェアハウスで若い世代の皆と話すと、それが一般的な観念だという価値観は、すでに過去のものであったように感じる。


当たり前だけれど、多様な価値観が認められつつある。



まぁそんなで、今回はその議論のテーマになった、「お金と幸せ」について、個人的独断と偏見で考えていきたいと思う!







まず、お金があることのメリットとは?


なんでも買える。

まずこれを誰しもが思い浮かべるだろう。

個人的な話になるが、基本僕は物欲がない方だと思っている。

服もGUのTシャツとジーンズを年中着ているし、食事に関しても、たとえ同じ値段だとしても、高級なレストランのフルコースより、二郎系食べたいなぁ、とか思ってる人間だ。

基本的にあまり高いものに魅力を感じないタイプだと思う。

しかし、もし財布の中に10万円あったら。

”GUじゃなくてたまにはユニクロで買い物するか。”

なんて思えたり、

大好きな蒲田の”ラーメン大”で、いつものラーメンに細切れチャーシュー(追加100円)をトッピングしたり出来るだろう。

例えが最貧民層丸出しだが、高貴な紳士淑女の読者の皆様なら、もっとたくさん買いたいものが思い浮かんで、それを手に入れられるとしたら、そこに幸福感を感じられるかもしれない。




・時間を短縮出来る。


僕がギターを担いで世界中を旅している時の事。

その時はヨーロッパで路上ライブをしながら、それで稼いだお金だけで旅をしていた。

素人の小汚いアジアンが歌う歌である。なかなか立ち止まってももらえないし、現地のホームレスにここは俺の場所だどけ!などと追い出されたりすることもしょっちゅうだった。

それでも死にものぐるいで歌い続けて、なんとか一日3、4千円分くらいはチップを稼げたんだが、しかし、ヨーロッパの物価や宿は日本の比にならないほど高く、次の目的地、南アメリカ大陸への旅費を貯めようと思うと、その日のパンを買うので精一杯、という感じであった。

移動は常にヒッチハイクだったので、なかなか車が捕まらない時は、バスや電車なら数時間でいける道のりに2、3日を費やすなんて事もザラ。

なかなか思うように移動もできず、EU内の可能滞在期間の三ヶ月間で回れた国は五カ国だけ。

もしもっとお金があれば、その時間を節約して他にもたくさんの国を見てみたかったなぁ、なんて、少し考えたりもした。

この経験からも言えるのは、お金があれば時間の節約になる、加えるとその時間でやりたいことができる

それもお金を持つことの大きなメリットだろう。

・お金がある=その人の価値を表す

お金=人の価値、なんて断言すると少しヤラシイ感じがするが、悲しいかな、これは大きな部分を占めると思う。

アメリカのTV番組で、ある実験をしているのを見た事がある。

とあるストリートで、男性が倒れたふりをして、周りの人が助けの手を差し伸べるのかどうかを検証する、という内容。

ポイントは、倒れる演技をする男性が2人いて、一人は高そうなスーツを着たエリートサラリーマン風の男性、もう一人はホームレス風の男性だという点。

結果は、サラリーマン風の、”お金を持ってそうな”男性に対しては道行く人のほぼ100パーセントが、男性に声をかけ、なにかしらの対処をしたのに対し、ホームレス風の男性にはほんの二割ほどの人しか声をかけなかったのだ。

悲しい事だが、身近なことに置き換えてみても、やっぱりお金のありそうな男性はモテるし、クリエイターや実業家など、”稼いでる額=仕事がどれだけ出来る人か”の判断基準になる場合も多いと思う。

まぁこの場合はお金をどれだけ持っているか、というよりはどれだけお金を稼ぐ能力があるのか、を見られている訳なので、厳格にいうとお金があるからモテる、お金がないから仕事ができない、とはならないかもしれないが。

しかし、初対面の人にいい印象を与えるには、“お金がある(ように見せる)、お金を稼いででいる(ように見せる)”、というところは大きなメリットをもたらすと言えるだろう。


次に、お金がある事のデメリットについて考えてみよう。


お金がある事にデメリットなんてねぇよ!と思いがちですが、はたしてそうだろうか。



・モノが増える、時間がなくなる

お金に余裕があると、あれからこれへと、何かとすぐに買ってしまいがち。

そうなるとモノはどんどんと溢れ、今住んでいる部屋に入りきらなくなるかもしれない。

そうなった時、それでも人は、「お金があるんだから大きな家に引っ越したり、レンタル倉庫でも借りればいい。あって困ることはない。」と思うかもしれない。

しかし、考えようによっては物が増えることで、引越しをしたり、レンタル倉庫を借りる時間と労力が奪われているとも取れる。

先ほどお金があるメリットとしてあげた、時間を節約できる、という点に矛盾しているかもしれないが、お金がある事が間接的に、無駄な時間を使う原因を生み出す可能性もあるということが言える。

貧乏人から大富豪まで皆平等に与えられた時間は、やはりお金には代えられないのかもしれない。

モノを所有するという誘惑に勝てない性格の人なら、必ずしもお金があればあるだけいい、という考えは当てはまらないだろう。


・純粋な人間関係を築ける。

先ほど、お金があることで信用されるというメリットを書いた。

これは言い返せば、お金を持っているという”付属的な”価値が、人と人とをつなげている状態、とも取れないだろうか。

金の切れ目が縁の切れ目、などと言うが、エリートサラリーマンが急なリストラに合い、妻と子供に見捨てられる、なんて話もよく耳にする。

お金がずっとあるなら、そんな心配はしなくてもいいのかもしれないが、たとえそうだとしても、
はたしてそんな簡単に切れてしまう仲の相手を、お金という自分本来の人間性以外の価値で繫ぎ止めるという行為は、はたして幸せと言えるのだろうか。

個人的にもお金が全くない、学生時代に出会った友達ほど、今も仲良く付き合っている気がする。

綺麗事のようだが、その人の人間性の本質を見抜く時、お金がある事が弊害になることもあり得るのかもしれない。




お金持ちなのに不幸な人が多い国


日本以外の観点で見るとどうか。

世界各国旅をしながら渡り歩いてきた経験から、外国だとお金がある事がもたらすメリットは、日本よりも大きいと感じた。

先に書いたアメリカのTVのような例もそうだし、特に途上国などでは、スーパーマーケット程度でも、明らかな浮浪者や貧困層らは警備員に入店を拒否されることも当たり前のようにあった。

日本なら”お客様は神様”の精神でありえないことだけれど。

それくらい、お金を持っているかどうかにシビアな目を向けられている、そんな印象を受けた。

それでは、国民皆が裕福な暮らしをしているような国ほど、幸福度は高いのか。

その仮説を覆す、興味深いデータがある。



みなさんはグリーンランドという国をご存知だろうか?

ヨーロッパとカナダの間、大西洋のほぼ限りなく北極地点に近いエリアに浮かぶ、日本の約6倍の面積を誇る世界最大の島国。

実はグリーンランドは完全な独立国家ではなく、ヨーロッパ側の小国、デンマーク王国の自治区である。

デンマーク政府からの多額の助成金にも支えられ、一人当たりのGDPは世界18位。

オランダ(19位)フィンランド(22位)ドイツ(23位)日本(24位)も超える、いわばお金持ちな人が多い国だ。

幸福度世界1とも言われるフィンランドやノルウェーなどの北欧諸国にも近く、一見裕福で皆が幸せに暮らす豊かな国、と思いがちであるが。

しかしこの国、2011年の各国の自殺率を表したランキングで、不名誉にも一位に輝いているのだ。

原因はアルコール中毒による家庭内暴力や鬱病の発症、また一説によると、日照時間が少ないことにより体感幸福指数が少なくなる、などという話もある。

日本や韓国も、過酷な労働環境や責任を過度に追求する文化から、自殺を選ぶ人は各国に比べて格段に多いと言われている。

日本国外を見ても、お金を持っている国だから幸せになれる、という観念は当てはまらないように感じる。


ぼっち的には..

これらの事を踏まえて、ぼく個人的には、

”お金は幸せに直結はしない”

と思っている。

なぜなら、幸せだと感じる瞬間は、僕にとっては好きな事をやっている時間だと理解しているからだ。

僕は今音楽をやっていて、YouTubeで音楽を配信したり、路上ライブで歌ったりしている。

音楽を作ったり、歌ったりするのが本当に好きで楽しいと感じるし、続けていけることに幸せを感じている。

もし僕がTOTOビッグを当てて10億円手に入ったとしよう。

いいギターも買えるだろうし、渋谷のツタヤの巨大液晶で僕のYouTubeを流して、一躍有名人になれるかもしれない。

武道館を貸し切って、ミュージシャンなら誰もが憧れるようなワンマンライブもできるだろう。

超有名なプロデューサーに編曲してもらって、一躍時の人となって、日本レコード大賞も狙えるのでは無いか…

などと頭をよぎりヨダレが出てくるが、ふと思うのだ。

確かにそれで有名にはなれるかもしれないが。

自分はなんで音楽やってるんだっけ?


作ることが、歌うことが好きだからやってるんでしょ?


大金をはたいて有名になって、アーティストなら誰もが夢見る場所に立てたとしても、その原点、歌う事、表現する事って変わらないんじゃない?

もちろん活動を維持していくだけの最低限の所得は必要なんだけれど、それ以上のお金を手にしたところで、それを使ったからこそ幸せになれる、ということではない気がするのだ。

好きなことを追求することが幸せなのであれば、それはきっと、お金があっても無くても、変わらないんだと思う。

だから逆に、

“お金を手に入れないと幸せになれない”という人は、幸せになるために必死にお金を稼ぐべき。

だと思う。

自分の好きなことが何なのかを追求した結果、それがお金、もしくはお金でしか買えない何かなのだとしたら。

それは胸を張って、

自分はお金が好き。幸せのためにお金を稼ぐんだ。

で正解だと思う。


そんな風に、お金と幸せを考えた時に必要なのは、自分が幸せになれるものが何なのか自分の好きなものが何なのか、それを理解する力が必要であるように思う。

そしてそれにお金が強く関係しているかどうか。


それによってこの議論には、個人個人の答えがあると思っている。



そんなところです。

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