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村の夜と若者のすべての話

2019年8月1日

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スノアール族の暮らすジェセ村まで、日本から集められた防寒具を届けるチャリティ企画にご一緒させてもらっている俺たち。

バス12時間、山登り4時間の末、ついにジェセ村に到着し、ちょっとシャワーを浴びに、村人の言う”ちょっとそこまで”の距離の滝に”2時間かけて”水浴びをしに行き、また帰り道に二時間かけて歩いて、体をドロドロに汚しなおして村に帰ってきた。

陽も傾きかけた村ではすでに、NPO法人、アースワークスソサエティ さんから届けられた寄付のジャケットや寝袋など50キロ分を村人に配給するためのセレモニー会場の様なスペースが設けられていた。

今回の企画は、俺たちはまったくイベントの準備に関わってはいないものの、届けに来てくれたという意味で、俺たちの歓迎パーティーも開いてくれるらしい。(おれたちただ山登って来ただけなのになんか申し訳ない!)

welcome!!と可愛い字で書かれたお手製のゲートをくぐって村長っぽい人の家のお庭に入ると、すでにそこを取り囲む村人達の輪。

50人くらいいるだろうか。一軒一軒離れているのでこんなにいたのかとビックリした。

たくさんの花の首飾りやシルクのスカーフ(この辺では歓迎の意らしい。)をかけられ、およおよと席に着くと、村長さんの話で式が始まる。

NPO法人アースワークスソサエティさんは、ここの村で、貧しい人でも借りられるファンド(銀行のかわり的な)の支援もされてるらしい。
その金を頭金に事業を始めたり、子供を学校に行かせたり出来た家も多いらしい。

本当に素敵な取り組みだ。

それを主導している大谷さんという元登山家の方の名前はみんな知っていて、その方のおかげで今回も日本人がやってくる!とこのような式を開いてくれたらしい。

まったく頭が上がらない!

ちなみにこの村に外国人がやってきたのは僕らで2組目らしく、この大谷さんが一番最初なのだそうだ。

一度お会いしてみたいものだ。

ファンドの運営状況のチェックを任されている我らがリーダーこうさん。

そしてお父さん達の固い話が終わると、(まったく言葉わかんなかったけど)地元の子供達の民族ダンス披露会!

このダンスが、意外にキレッキレでノリが良くてすごく楽しめた!

民族ダンスっていうと、なんか変な音楽に合わせてくねくね動くだけとか、形式ばってて、でもこっちもとりあえず手拍子しなきゃいけない!みたいな退屈な印象を持ってたんだけど(超失礼)、

もう腰振るわリズムに乗って飛び跳ねるわの大迫力!!特に、民族衣装のかわいいこの女の子は、このダンスに青春かけてる!って感じで表情が違った!

本当にカッコいい!と思わされる痺れるダンス!

思わずシン君と二人で一緒に踊り出しちゃったくらいだ。

多分ここに暮らす若者達にとって、日本だと部活の総体みたいな、最高の発表の場がこのセレモニーで踊るということだったんだろう。

若者の青春にかける真剣な表情は、どこにいっても輝いてて素敵だなぁ!と、心から思えた。

そして、みなさんお待ちかねの防寒着の支給式!

わらわらと集まる村人達に、村長やポーターのお父さんが一つ一つ衣服を手渡していく。

村一番貧しそうな身なりだったお母さん、腕に抱く赤ちゃん用のピンクのジャンバーをもらえて目を輝かせていた。

陽気なおじいちゃんはシブい皮のジャケットを羽織って、子供みたいにはしゃいでいる。

彼らの本当に幸せそうな表情を見ていると、12時間もバスに揺られて、4時間も山を登って、大変だったけれどほんと来てよかったなぁと、心から思えた。

まぁ僕らが集めたものじゃないので、達成感とは少し違ったけれど、こんな素敵な瞬間に立ち会わせてくれたアースワークスさんと大谷さんに、本当に感謝の気持ちだ。

テンションの上がった村人達と俺たち。
セレモニー終了後の完全に日のくれた会場で、ラジカセの音楽に合わせてダンスパーティ!

娯楽の少ない何もない村。

歓迎パーティーという名目でこうやって村の若者みんなで盛り上がるのが、とびきり楽しいんだよな。

なんか地元で獅子舞の祭りをやるときの、みんな活気だってるワクワク感に似てて親近感を感じる。

ちょっと田舎に久しぶりに帰りたいなぁとか、思った。

相変わらずお母さんの料理は冗談抜きにうまい!ジャガイモのカレー炒めみたいなやつが最高だ!これとダール(豆の煮汁)をご飯にぶっかけて、右手であえてアツツ!と言いながら食べる。

唯一このヨーグルトと甘酒のミックスみたいなキツイ匂いのやつだけは好きになれなかったけど。

本当においしいご飯をいただけた。

この皿に乗ってる食材の一つ一つは自家製らしく、皿に盛られた料理を見て、目の前の畑からとれたジャガイモか!とかこれはそこに生えていた香草だ!とか段々畑の脇でオ~ウと鳴いているこのバッファローの肉を今、こうやって食べさせてもらってるんだなぁ!なんて思うと、心の底から

いただきます。

ごちそうさまでした。

と手を合わせずにはいられない。

ありがとう!!

夜。
少し心にシミを落とすような出来事があった。

セレモニーの時に一緒に写真を撮ろう!と言って少し話した緑のパーカーの青年と、オシャレハットをかぶった村で唯一英語をうまく話す青年、三人で話をした。

多分見た目では同じ20代。
若い男性はみんな出稼ぎに行ってて少ないので、同世代の彼らと話す機会が持てたのは嬉しかった。

しばらく話をしていると、緑の青年は言う。

「僕は日本に行って、日本で働くことが夢なんだ。でもVISAも飛行機も高いし、何より僕は日本語も、英語すらも話せない。ここの学校の教育水準はとても低いから、、、どうしたらいいだろう?」

言葉はうまく理解出来なかったけれど、ハットくんの通訳によるとそんな感じだ。

他にもたくさん話を聞いたけれど、おれには

「カトマンズでまずは英語を勉強するんだ!」

「オーストラリアは移民に寛容だから、まずはオーストラリアでお金を貯めていくのも悪くない!」

「頑張れば、きっと夢は叶うよ!」

ぐらいしか言葉が見つからない

我ながら、先進国のなんの不自由もないやつが簡単に言ってくれるぜ、と吐き気がした。

ほとんどの生活を自給自足でまかないながら、バッファローの毛皮や余った野菜を売って生活する彼らのどこに、一際厳しい日本への就労VISAを買い、チケットを手に入れる余裕があろうか。

おれの話を聞いても、やはりあまりしっくりきていない様子の彼。

だが元に、さっきから流暢に英語を訳してくれるハットの彼は、同じこの村出身でもマレーシアへ出稼ぎに行き、そこで貯めたお金を持って現在村に帰ってきていて、来週からはUAEへ出稼ぎに行くという。

それはそれぞれの実家の財政状況にも大きく左右されるのだろうけど、俺たちには無理なんだ、なんて諦めて欲しくはなかった。

そんな話をしていたら、ぞろぞろと近所のおじいちゃんや子供達も集まってきて。

なんでだろう?みんな心なしかすごく悲しい表情をしている。

ふと不思議に思ったけれど、理由はすぐに分かった。

ハットの彼がおれの英語をネパーリ語に訳してくれているので、みんな話を理解することができたからだ。

俺たちは今、どうやって、この村を離れるかを話している。

貧しさから抜け出すために、出稼ぎに行くということ。

それはつまりは、この村の、ゆっくり流れる時間や自給自足の穏やかな生活を否定することであり、若者が去る事で活気を奪う事にもなる。

緑の青年やハット君の、見たことない世界を見てみたい!という情熱と、それが簡単に出来ない苦しさも、痛いほどわかる。

おれもそうだ。それでこそ男だ。なんて。

しかし、そんな僕らを見つめるおじいちゃんの、「まぁ、仕方ないよな。」と語る悲しい笑顔には、情熱だけで生きることは正しいのだろうか?と、トンと胸をつかれた様な気分になった。

なんだか、仕事で東京に行きたい、と話した時の田舎のばあちゃんの顔に似てた。

結局それから、おれはどっちつかずの気持ちで押し黙ってしまった。

家の奥から「お茶が沸いたよー!」と俺たちを呼ぶお母さんの声にちょっと胸を撫で下ろして、その場はお開き。

夜も更けて、外の川の水で、一人歯磨きをしながら満天の星空を眺めて、俺はまだそのことを考えていた。

まだ明確な答えは出ていないけれど、今こうして自分も旅を続けていて、何も後悔はしていないし生き生きと人生を送れている自分がいる。

間違っていないはずなんだ、けれど。

この旅が終わる頃に、なにかひとつ答えを自信を持って言える様に、なれてたらいいな。

おれは、この満天の星空よりも輝く何かを見つけ出せるんだろうか?

そんなところです。

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