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殺戮の市内観光その2・ヨハネスブルグの都市伝説検証の話

2019年8月1日

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最恐都市ヨハネスブルグの中心地、park station に市内観光バスチケットをゲットするためにやって来たおれ。

建物外はもちろん危険度3000%なのだが、建物の中も依然として危ないと聞く。

少し前、日本人が大男に背後から首を絞められバッグを奪われたというはなしをきいていたおれは、ひと気のないトイレで後ろを付けてくる大男が、まさしくそれだと思い込んでいた!!!!

トイレまでの通路は薄暗い一本道!!!

おれには二つの選択肢があった!

パターンA…普通にこのまま通路を進んでトイレに行き、まんまと逃げ口を防がれて強盗にあうパターン。

パターンB…急にきびすを返して来た道を戻ろうとし、すれ違いざまに「なんだお前まさかおれを強盗だとか勘違いして逃げようとしてんだろ!?ムカつくやつだ!サイフ出せ!」と免罪をかけられた男の怒りを買って強盗にあうパターン。

どっちだ!?

ん!?
このとき俺は気付いた!

よく考えるとBの場合、男が仮に強盗でなかったとしても強盗になるのだ!

Aの場合、もし仮に天文学的数字分の1の確率で男が強盗ではなかった場合、助かる!!!

確率的に選ぶべきはAだっ!!!!!

えらい!!!頭いいおれっ!!!!

とおれは心で自らの頭を何度もなでなでよしよししながら、便器の前までやってきた!

………!!!!!!

この後のことは、斜め上をいくビジネス書籍としてビジネスマンを中心に注目を集めるこのブログには不適切なシーンを伴うため、詳細は省こう。

結果的に男は強盗でも殺人鬼でもなく、ただの腹痛男子だったようだ、俺の後に続いてトイレに入った後、急いだ様子で個室に駆け込んだ。

しかし、背後に男の視線を感じながら小さい方で極限の緊張感の中用を足していた俺は、あの、あれだ、できる男の三大要素、

清潔感ある身だしなみ・常に落ち着け餅をつけ・小での湯きりは抜かりなく、

の3つ目を怠ったために、ちょっとちびりながらトイレを慌てて後にしたのであった。

あぁ俺としたことが。

これから南アフリカへ行く男性諸君。

武士たる者、いかなる時も焦り心乱して自らの手刀の作法を忘れてはならない。

常に心に冷静を、ポケットにはハルンケアを、だ。

さもないと、朝露に懐を湿らせることはおろか、それをブログに書いて、「なんて汚いの信じられない」と女性読者を大幅に減らすことになりかねん。

くれぐれも注意すること。

そしてその後、不自然にジャンプしたり反復横とびなどしてパンツを乾かしながら、無事市内観光バス、通称RED BUSの乗り放題券をゲットしたおれ。

なんと日曜日は50ランド引き(400円引き)だと言っていたのはネット予約者だけだったらしく、泣く泣く180ランド(1400円)も支払う羽目になった。

このレッドバス、各名所スポットを何台かが巡回しながら回っていて、このチケットを持っていれば五時までは、好きなところで降り、また回周してくるのに乗れるというシステムだ。

各バス停では係員のにいちゃんが立っていて、一応旅行者が襲われないようセキュリティの役割も果たしているといった感じで、バスを待つ間に強盗にあう心配はない(というか少ないというか)。

走り出したバスは、ついに最恐都市と呼ばれるヨハネスブルグ市街地へと進んでいく!!

ぐんぐんとビジネス街に進んでいくバス。

おや!?!?

通りを人が歩いている!!!

高層ビルが立ち並ぶ近代的な街並み、街のストリートは綺麗とまでは言えんが、割と整備されていて、日曜日と言うこともあってオシャレを決め込んだお母さんが子供を連れてショッピングを楽しむ姿なども見られた。

真新しい血しぶきや白骨化した遺体もいまなのところない。


いや、ちょっとあった。

まぁしかし、やはり、ネットの情報だけが全てではないな。

ヨハネスブルグの中心地でも、普通に人々が行き交い、マーケットで買い物を楽しむどこの国にもある日曜日の風景があった。

しかし、気づいたことが一つ。

街中を歩くのはアフリカン(黒人)のみで、旅行者はもちろんのこと、国民の15パーセントを占めるヨーロピアン(白人)は本当に1人も、1人もいない。

宿のある郊外のランドバークあたりでは、黒人も白人も入り混じって生活している様子が普通のため、かなり違和感があった。

そしてこの後、バスはついに、さらに南のエリア、ダウンタウンへと差し掛かった!!

緊張の糸がピンと張り詰める!
このエリアでは強盗に合うのを恐れてパトカーでさえも赤信号でも止まらないというではないか。

そう、車の停車は即、強盗犯に家の鍵を渡すような行為のはず。
だが!!あろうことか普通にバスは赤信号で停車した!!!

おれは運転席に駆け寄る!

「おいおやじ!!!はやく車を出せ!!ここで止まるってことが何を意味するのか分かってんのか!??」

「ちょっとお客さん、ナイフをしまってください!赤信号で止まるのなんて常識でしょう!?最恐犯罪都市じゃあるまいし!!」

「な!なに?普通なの・・か??」

どうやら、ダウンタウンでも車は普通に信号を守っているようだ。


つまりはインドより交通マナーは良いということである。

そんな噂もネットが作り出した偶像だったようだ。

しかし、やはりこのエリアは本当にやばい空気が漂っている。

まず、さっきの大通りから一本入っただけなのに一気に、人がいなくなった。

シャッターが閉ざされた重苦しい雰囲気、散らばるゴミやビール瓶。

こら、旅行者は絶対に歩けんわ。

ともあれ、これはツアーバスということで、それぞれの観光名所前で降りたければ降りれるシステムになっている。

おれはカールトンセンターと言う、アフリカで一番高いらしいビルの前で降りた。

バス停では警備員のにいちゃんが立っていて、1人は危険ということで、彼が頂上の展望台に案内してくれるそう。

いや!
警備員さん付いてきたらチップ渡さないかんやん1人でいけるでぇ~と一瞬思ったが、
一歩通りを歩けば、もう警備員さんにしがみつきたくなるくらいの怖さを感じた。

観光スポットのはずなのに、観光客はおれ以外1人もおらず、すれ違う現地民達のよそ者を見る目!
まるで、「いや、みんないい奴らだから絶対楽しいよ!」と強引に誘われた友達の同僚グループとの飲み会で、ひたすら枝豆を食べることしかできなかったあの日のような、圧倒的異物感である。

あぁ、また
「な、なんかごめんな!」「いや、全然楽しかったよ誘ってくれてありがと!」とか自分に嘘をついて後でひどく落ち込むんだ、と暗くなりながら、15ランド(120円)払って頂上へ。


うむ。三階建て以上の建物が見当たらないwwwとネットで馬鹿にされる四国の最高峰を誇る、宇多津ゴールドタワーにも負けずとも劣らない良い眺めだ。

….うん、正直、というかゴールドタワーの80倍ぐらい高い。

なんだこの高さは。宇宙に届きそうだ。

整然と広がるビル街。

その奥に見えるのは、最近までマフィアに不法占拠されていたという悪名高いポンテビル。

今は政府がビルを取り返して普通にマンションとして売り出されているらしい(誰が買うんや)。

あのヨハネスのあれのタワーのアレも見える。

コッチは、警備のおっちゃんがインダストリアルエリアだ!って言うてたけど、工業地帯ってこと?気になる人はイーオンに通って勉強してください。

この奥に、丘があって、南アフリカの産業の一時代を築いたゴールドが取れていたらしい。でももうほとんど残っていないけれど、ホームレス達が不法進入してそこから砂金をかき集めてわずかなお金にしているらしい。

思いの外警備のおっちゃんがいろいろガイドをしてくれて、面白かった。

気になったことを聞いてみた。

「なんでシティの中心にはアフリカンしかいないの?」

「うーむ。それは歴史が関係してるんだ。アパルトヘイトがあった時、この立派なビジネス街で働けるのは白人ばかりだったんだ。
でもアパルトヘイト崩壊後、今までこのエリアに立ち入れなかった黒人や、ナイジェリアなんかのアフリカ全土からの出稼ぎ労働者がたくさん流入してきてね。
するとどうだ。
白人達は治安の悪化を恐れてこれらのビル街を捨てて郊外に新しく自分たちの住みやすい街を作り出したんだ。
ビル街はもぬけの殻になってしまって、もちろん誰が警備するわけでもないからますます治安が悪くなってしまった。
アパルトヘイトで奪われていた私たちの土地を取り返せた事は良かったが、街は機能を失ってしまった。
それが30年経った今も続いているのさ。」

うーん、なんか複雑だな。

アフリカンからしたら、
「おい白人無責任だぞ!最後までちゃんと管理しろ」
という感じなんだろうし、

ヨーロピアンからしたら、
「おまえら黒人が治安を悪くしたから仕事ができなくなったんじゃないか!」
という感じなんだろう。

最恐都市と語り継がれるヨハネスブルグを渦巻く社会の闇は、歴史と人種間対立が大きく関係しているようだ。

そして、次はそんな問題の根源ともいうべきアパルトヘイト(人種隔離政策)の崩壊を記念して建てられたアパルトヘイトミュージアムへ。

今、世界中で人種差別への反対と、人類としてのモラルがうたわれている。

未だにアメリカで黒人の少年が警官に暴行されたり、サッカーのサポーターの発言などがニュースに取り上げられたりしているが、社会的に、人道的にやってはいけない行いだと当たり前に認識され、罰せられている。

そんな現在の当たり前は、たった30年前にはまったく逆の解釈で定義されて、当たり前に肌の色で差別はされていたということが、なんか信じられ無かった。

しかし、教科書では読んだことあったけれど、白人専用車両、有色人種用トイレ、などと露骨に区別された当時のボードなどを眺めると、それは事実無根の歴史として存在しており、かなり生々しかった。


今日のビルでのおっちゃんの話からは、アパルトヘイトがあったからこそ都市の均衡と秩序が保たれていた、
という説も一理あるのかも知れないけれど、
人間の存在や生き方を見た目や生まれで決めるなんてことは、都市の機能などとは比べ物にならないほどに、大切な事だから、アパルトヘイト撤廃は絶対に正しい決断だった、とすんなり入ってくるものがあった。

自分と違う誰かを認めない価値観が産むのは、戦争と憎しみだ。

力で押さえつけてしまっても、それは反発するだけだ。

未だに終わらない各地での戦争にも共通するのだけれど。

敷地の前には、アパルトヘイト解放の父と言われるネルソンマンデラ氏の言葉があって、立派だった。

“To be free is not merely to cast off one’s chains but to live in a way that respects and enhances the freedom of others.”

「自由とは、ただ単にからまる鎖を解くことではない。他人を敬い他人の自由も尊重しながら生きることだ。」

本当の意図と、あっとるかわからんけど、おれはそんな風に読み取れた。

絶対的白人至上主義の社会の中で、常に虐げられ続けた人から、こんな言葉が出るという事に感動する。

多民族国家として、日本人には考えられないほどの人種間、民族間の問題が未だ根強い南アフリカだけれど、マンデラの言葉を国民みんなが理解して、安全に暮らせる社会がやってくる事を願う。

そんなところです。

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